第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その148)
「お父さん、友達の家に遊びに行ったとき、何が羨ましかったかって、水洗トイレがあったことだったんだ。」
父親は遠い目をして言葉を続けてくる。
「そ、そんなこと・・・。」
孝にはその当時の父親の気持ちが実感できない。
今や、トイレと言えば水洗が当たり前だ。最近ではウォシュレットと言って、用を足した後、自動的に尻を洗ってくれるものだって出ている。
それなのに、その水洗トイレを羨ましく思うというのが理解できなかったのだ。
「まぁ、孝にそれを理解しろってのが無理なんだろうがな。
でも、その改築によって、うちも憧れの水洗トイレになったんだ。」
「そ、それが一番嬉しかったってこと?」
「ああ・・・、強いて言えばな。風呂も台所もそのときに一新されたんだが、お父さんは囲炉裏も五右衛門風呂にもある種の郷愁のようなものがあって、その両方が取っ払われたのは残念だって思う気持ちがあったんだ。
でも、さすがだなって・・・。」
「ん? な、何が?」
「お爺ちゃんの感性がってことだ。
お父さん、お母さんと結婚することになったとき、その改築前の写真を見せたことがあってな。で、改築前の生活を話したんだ。ああだった、こうだったって・・・。
するとな、お母さんが言うに、『もし、改築前の家だったら、私お嫁に来てないかも』って言われて・・・。」
父親は苦笑した顔でそう言ってくる。
「えっ! お母さん、そう言ったの?」
孝は、その場に姿がなかった母親の顔を思い出しながら訊く。
「ああ・・・、婚約して、初めてこの家に来たときだった。」
「へ、へぇ~・・・、そ、そうだったんだ・・・。」
「これはお爺ちゃんが言った言葉なんだが、“嫁”っていう字をよく見てみろって・・・。」
「ん? “ヨメ”?」
孝は、どの字のことを言われているのかすぐには分からなかった。
「お嫁さんの“嫁”だ。」
父親は、宙にその字を書いて見せる。
「ああ・・・、その“嫁”? それがどうかしたの?」
「“家”という字に“女”という字が寄り添っている。」
「そ、そうだけれど・・・。」
孝もテーブルの上にその字を指で書きながら応じる。
「つまりは、結婚というのは“家”に“女”が寄り添ってくるものだってことだ。」
「そ、そんなぁ~・・・。」
孝は、納得できなかった。
確かに、文字的にはそう書くのだが、それはあくまでも字の歴史があってそう書くようになっただけで、それが結婚の定義を意味しているとは到底思えない。
(つづく)