第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その145)
「ま、うちはそんなに兄弟がいないし、孝にも専用の部屋を与えられるんだが・・・。」
父親は、何かを考えながらそう言ってくる。
「そ、それは、有難いと思ってるよ。感謝してる。友達の中にも、僕みたいに自分専用の部屋っての、持っている子もいれば持てていない子もいる。
小さい頃はそれが当たり前のようで何とも思っていなかったけれど、やっぱり学年が上がるたびに自分専用の部屋があることの有り難味は分かるようになってきた。
兄弟と共用だと、どうしても集中できないものがあるし・・・。」
孝も、改めてそうした環境を提供してくれている父親に感謝の言葉を口にする。
思ってはいたことだが、なかなかそれを直接伝えるチャンスがなかった。
こうして口に出して伝えたのは、恐らくは生まれて初めてだろうと思う。
「う、うん・・・、そう思ってもらえたら、親としては嬉しい限りなんだが・・・。」
父親は、顔では嬉しそうにしたものの、どこか奥歯に物が挟まったような言い方をする。
「ん?」
孝は、父親の言葉に何かを問い返そうとしたものの、具体的な言葉は何ひとつ出てこなかった。
「冗談だと思って聞いてくれれば良いんだが・・・。」
「ん? な、何?」
「もし、仮にだ・・・。」
「う、うん・・・。」
「今話した大村家のように、自分が使う部屋に何らかの名前を付けるとしたら、孝はどんな名前をつける?」
「ええっ! 部屋に名前を付ける? そ、そんな必要って、ないんじゃない?」
「『孝の部屋』、それだけで十分だってか?」
「そ、そう思うけど・・・。」
とは言ったものの、孝は自分の部屋を『孝の部屋』と意識したことはなかった。
「その昔は、お父さんの部屋だったんだ。もちろん、お爺ちゃんから『この部屋を自分の部屋として使ってよろしい』っていう許可を貰っていたからなんだが・・・。」
「そ、そうだったみたいだね。でも、お父さん、いつまであの部屋を自分の部屋として使っていたの? 確か、僕があの部屋を使い始める直前は物置のようになっていたって記憶があるんだけど・・・。」
父親の言葉で、孝は自分が今の部屋を与えられた場面を思い出す。
そう、小学校1年に入る時だった。
「お父さんが、今の孝の部屋を自分の部屋として使っていたのは、小学校4年生から高校を卒業するまでだ。」
「ええっ! そ、そんなに短かったの?」
孝が初めて聞く話だった。
「じゃ、じゃあ・・・、小学校3年生までは?」
当然のようにそうした疑問が沸いてくる。
「自分の部屋はなかった。」
「じゃあ、勉強はどこで?」
「ここだ。」
「えっ! ここって、リビングでってこと?」
「ああ、そうだった。」
父親は大きく頷いてみせる。
(つづく)