第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その140)
「長男さん、次男さんが何も答えられないのを見て、こう言ったそうだ。」
父親は、そう言ってから唇を舐める。
「・・・・・・。」
もちろん孝は口を挟まない。
それでも、まるでテレビドラマの1シーンを想像するかのようにそこでの台詞を予想する自分に気がついていた。
「『この屋上からだと、落ちようが飛ぼうが、結果は同じだって・・・、お前はそう思ってるんだろ?』って・・・。」
「・・・・・・。」
「『でもな、“落ちる”と“飛ぶ”とではその最初のところが決定的に違うんだ』って・・・。」
「意思があるかないか・・・。」
孝は、別に父親に聞こえるようにと思ったわけではなかったが、つい、そう呟くように言う。きっと、その長男さんは、そうしたことを言いたかったのではないかとの推測があってのことだった。
「そう、孝の言う通りなんだな。」
「ん?!」
いきなり父親にそう肯定されて、孝は今自分が何を呟いたかを改めて意識する。
「『お前は、体質的な欠陥を逃げる理由にしている。つまりは、言い訳に使ってる。
どうせ出来ない、逆上がりや前回りをすると、目が回って気分が悪くなるだけで、結局は出来はしない。そう思ってるんだろうが、それは大きな誤りだし、人間として卑怯だ』って・・・。」
「ひ、卑怯?」
孝は、その言葉には驚いてしまう。まさか、そんな大人びた言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「『お前の位置からからは見えないだろうが、この下にはプールがある。あそこに飛び込めれば、死なずに済むかもしれない』。長男さんはそう言ったそうだ。」
「そ、そんなこと言ったって・・・。」
孝も、さすがにそれは無謀だと思う。
「『“落ちる”ってのは、そんなことも考えられんのだが、“飛ぶ”んだったら、そうしたことも検討に値する。つまりは、生き残れる可能性があるってことになる。それなのに、今のお前は、最初から“落ちようとしている”』って・・・。
つまりは、自分から“どうせ出来はしないんだから・・・”って諦めてしまっているってことを言いたかったんだろうな。」
「そ、それはわかるけど・・・。」
「で、その長男さん、『飛ぶってのはこうするんだ』って言ったかと思うと、その場からぽんと飛んだらしい。」
「ええっっ! ま、まさか!」
孝は、絶叫に近い声を上げた。
(つづく)