第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その139)
「これも、その三男さんから聞いた話なんだが・・・。
実は、何でも出来そうな秀才タイプの次男さんなんだが、どうも三半規管がおかしかったらしくって・・・。」
父親は、自分の耳の部分を指差してそう言ってくる。
「えっ! あ、あの、平衡感覚なんかを司る?」
孝もそれぐらいは分かる。
「ああ、そうだ。決定的な欠陥というのじゃあなかったらしいんだが、一般の人よりは弱かったみたいだ。それも、生まれつきでな。」
「そ、それで?」
「その所為もあったんだろうな、鉄棒がまったく出来なかったんだ。」
「ええっ! 鉄棒って・・・。それって、関係ある?」
「逆上がりや前回りがまったくできんかったそうだ。身体を回転させると、眩暈がするって言って・・・。」
「じゃ、じゃあ、体育の時間は困っただろうね。あれって、必須だもの。」
「ああ・・・、で、そのときに長男さんが一日でそれが出来るように特訓をしたって言うんだ。」
「えっ! 特訓?」
「長男さん、その当時から高いところに上がるのが好きだったらしくってな。」
「・・・・・・。」
「だからでもないんだろうが、今じゃあ、宮大工の副棟梁だ。お寺などの屋根の上で仕事をしている。
その長男さん、次男さんの病気のことを知っていながらも、『病気を理由にして逃げる奴は許せん』って言って、日曜日に学校へ次男さんを連れて行ったんだそうだ。」
「そ、そこで、鉄棒の特訓をしたんだ・・・。」
「ところが、そうじゃあなかった。」
「ん?」
「長男さん、次男さんを学校の屋上に連れて行ってな。」
「お、屋上?!」
「そうなんだ、で、周囲を囲んでいたフェンスを乗り越えてな。」
「そ、そんなぁ~、危ないじゃない?」
「そうだな。危険なことだ。もちろん、学校でも禁止されていた。」
「そ、それなのに、そんなことを?」
「で、次男さんに言ったんだ。」
「ん? な、なんて?」
「ここから落ちたらどうなる? って・・・。」
「・・・・・・。」
孝は、どうしてかその場面が想像できた。
「もちろん、次男さんは『死んじゃう』って言ったそうだ。」
「そ、そうだろうね。」
「で、長男さん、次にこう訊いたそうだ。『じゃあ、ここから飛んだら?』って。」
「ええっっ! お、同じことじゃない?」
「次男さん、答えられなかったそうだ。」
「だ、だろうなぁ~・・・。」
そう呟くように言いつつも、孝は、その長男さんが言いたいことが何となくだが分かるような気がしてくる。
(つづく)