第1章 爺さんの店は何屋さん? (その16)
「あああ・・・、あの正栄ビルの角の店か・・・。
ん? なになに、“都会の茶店です”だと?
んんん! “お金は頂戴いたしません”?」
木村は、ポチ袋に入っていた紙を拡げるようにして読み上げる。
「な、何だ? それ?」
小池のおっさんが思わず訊く。
ポチ袋にそんな紙が入っているとは思っていなかった。
「“ご挨拶”だそうだ。」
木村は、拡げた紙を小池のおっさんに突き出すようにする。
四つ折になった和紙である。
『引越しのご挨拶
この度、1丁目の正栄ビルの角に引っ越してまいりました、都会の茶店「がきだな」でございます。
趣味でやっております茶店です。粗茶とお菓子をご用意いたしております。
お代は頂戴いたしませんので、是非、お気軽にお立ち寄りくださりませ。
なお、同所での開店は来週月曜日からで、同封の蕎麦券は引越し蕎麦の代わりでございます。
新参者でございますが、何卒、よろしくお願い申し上げます。
敬具 茶店 がきだな 店主』
「本当に金要らんのか?」
木村が訊いてくる。
「そ、そのようだなぁ~。」
小池のおっさん、そう答えるしかない。
この紙を見て、初めて知ったことである。
「金儲けをするつもりは無いらしい」との言葉が蘇ってくる。
「金持ちの道楽なのか?」
「さ、さあ~、どうなんだろう?」
「おいおい、そうしたことも分かっていて、これを配ってるんじゃないのか?」
木村は怒ったように言う。
「うっ、う~ん・・・、会長の指示だしな・・・。」
小池のおっさんはそう逃げる。
「ま、いいや、タダだと言われちゃあ、覗いてみるしかないだろう。そのついでにこの券で昼飯食っても良いし・・・。」
「そ、そうだなぁ~・・・。」
小池のおっさんは、未だにその茶店がイメージできないでいる。
「どんな人なんだい? ここの店主って。」
木村は、同級生の誼からか、そこまで踏み込んで訊いてくる。
「う~ん、爺さんだよ。65歳と本人は言ってたが・・・。」
「ほう、それで?」
「それでって?」
「趣味で店をやるってんだから、一風変わった人物じゃあないのか?
今時、そんな気楽な人生を送れるなんてさ、余程のワルか、そうでなければ余程の金持ちか、そのどちらかだろう?」
「う~ん・・・、何とも言えんなぁ~。ただ、悪い人物のようには見えない。
それぐらいしか言いようが無い。二言三言話しただけだし・・・。」
小池のおっさんは、敢えて町村氏のことには触れなかった。
「そ、そうか・・・。」
ふたりの会話はそこで終わる。
店の奥から木村の嫁さんの呼ぶ声が聞こえたからだ。
「じゃあな・・・。」
互いにそう言って、小池のおっさんも店を出る。
(つづく)