第1章 爺さんの店は何屋さん? (その15)
「えっ! もう、お帰りで?」
若者が慌てるようにして言ってくる。
爺さんが電話に出ていることがあったからだろう。
「あ、はい。他に寄るところもあるので・・・。書類は明日で良いですからと、そのようにお伝えください。」
おっさん、それだけを言い残して店を出た。
(い、一体、どういう店なんだろう?)
小池のおっさん、商店街を歩きながら考える。
結局は、おっさんの疑問は何ひとつ解明できなかった。
店の中に入って、ああしてコーヒーまでご馳走になったのにだ。
まだ準備中だとは言っても、店の中には商品らしきものも無かったし、商品を陳列する所謂ショーケースの類も何ひとつ置いてなかった。
ただ、今腰を下ろしたリビングソファがあるだけだった。
後はガランとしていた。
これからまだ内装を少しは弄るとの話だったから、そうしたものはその工事が終わってからになるのだろうと思うしかない。
(ま、加入申込書を出してもらえば分かることなんだが・・・。)
その書類には、「業種」という欄がある。
(そ、それにしても・・・。)
おっさんは、ビルのオーナーである町村氏の顔を思い浮かべる。
あの資産家として有名な町村氏がわざわざ大阪から招いたという。
その理由も分からない。
大阪の店で起きたという「とんでもないこと」についてもまったく想像が出来ない。とても、そんなことが起きる店のようには思えない。
(それでもなぁ~・・・。)
だったら、どうしてそんな店をわざわざあの町村氏が招くのか。
町村氏はこの市では有名な資産家である。
それも、親から引き継いだという背景はあるにせよ、今の町村氏の代になって急速に保有するビルの数が増えたというのもこれまた事実。
つまりは、それだけの能力、将来を見通すだけの経営センスがあるということだ。
その町村氏が呼んだのだ。
しかも、大阪の店を閉めさせてだ。
それなりの大きな理由がある筈だし、そうでなければ、そんなことは絶対にしない町村氏だろう。
「おっとっと・・・。」
小池のおっさん、交差点まで来てふと我に返る。
そうだった。この交差点が商店会の南端である。
「よし、ここから配り始めるか・・・。」
交差点角にある酒屋、木村屋の中へと入っていく。
「こんちわ~、商店会の小池です。」
店の奥へと声を掛ける。
「おおっ、いらっしゃい。会費だったっけ?」
出てきたのは、店主の木村隆俊だった。
同じ高校の卒業生だったから、昔から顔なじみのおっさんである。
「いやいや、そうじゃあないんだ。第一、会費は、もう貰ってるよ。」
「ああ、そ、そう、そうだったよな。」
木村は疲れたような顔で苦笑いをする。
「どう? 調子は・・・。」
「ん? 駄目だなぁ~・・・。皆、スーパーに取られてる。」
「そ、そうか・・・。」
「そ、そんな話で来たんじゃあるまい? それとも、何か儲け口の話でも持ってきて呉れたのか?」
「い、いや・・・、そういうことじゃあないんだが・・・。」
小池のおっさん、鞄から例の蕎麦券が入ったポチ袋を取り出す。
「こいつを配りに来たんだ。」
「ん? 引越しご挨拶?」
木村は、手にしたポチ袋に書いてある文字を読むようにして訊く。
「俗に言う、引越し蕎麦の代りらしい。」
「開けても良いのか?」
「ああ・・・、もちろんだ。」
小池のおっさん、そうは言ったものの、中には蕎麦券が入っているだけだろうと思っていた。
(つづく)