第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その119)
「い、いやな・・・、孝も、自分に子供が出来たら、きっとお父さんやお母さんに預けたりしないで保育所に預けるんだろうって思ってたからだ。」
父親は、自分が「意外だ」と言った理由をそう説明する。
「うっ、う~ん・・・、そ、そんなこともないと・・・。」
孝は、改めてそう言われると、言葉に力強さがなくなる。
そこまで考えたことがなかったからだ。
子供が出来る以前の結婚ですら具体的にイメージしたことがない。
遥か遠くの未来の話だと思っていた。
「ま、それ以前に、孝がこの家に留まっているかどうかも分からんのだが・・・。」
「う、う~ん・・・、ま、それもそうだね・・・。」
孝も、その点は同意する。
自分のことなのだが、今はそうしたこともはっきりとは見通せない。
「お父さんの場合、どうしてか、この家から離れて暮らすってことが考えられなかったんだ。」
「ん? それって、この家がそれだけ気に入ってたってこと?」
「う~ん・・・、どうなんだろう?」
「お父さんがそう言ったんだよ。この家から離れようとは思わなかったって・・・。」
「うん、確かに・・・。で、でも・・・、それは必ずしもこの家という建物が好きだったってことじゃあなくって・・・。」
「ん? じゃあ?」
「漠然とした言い方しか出来ないんだが、この家・この家族・この仕事から離れたくはなかった。そういうことなんだろうな。」
「ふ~ん・・・、そ、そうだったんだ・・・。」
「今の孝には理解しにくいだろうけど・・・。」
「だ、だから・・・、お父さん、『これでよかったんだ』って言う訳?」
「ああ・・・、そうした諸々のことを含めて考えるとってことだ。」
「人生、充実してるって?」
「ああ・・・、それはそうだろうな。ま、上を見ればきりがないが・・・。」
「その出発点が、その農業高校を卒業する時ってことだよね?」
孝は、父親が家業を継ぐと決めた年齢にある種の強い拘りがあった。
そう、今の自分と同じ年齢だったからだ。
「ああ、それはそうだ。」
「何度も訊くようだけど、そのとき、お父さんに迷いってなかった?」
孝は、自分でもしつこく訊いているという自覚があった。
やはり、自分と重ねる気持ちがあったのだろう。
「もちろん、まったくなかったと言えば嘘になるだろうな。
でもな、さっきも言ったことだが、男、15歳を過ぎれば、いつでも戦場に出て戦う覚悟がいるだろうとは思ってたしな。」
「そ、それが、そのときだったってこと?」
「お父さんにとっては、そうだな、まさに、そのときが来たって思いだった。」
「・・・・・・。」
孝は、そう言い切る父親を眩しく思えた。
(つづく)