第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その116)
「ま、まぁ~、そ、そうなんだろうけど・・・。」
孝はそう答える。そうとしか答えようがない質問だった。
「ちゃんと聞いていますよ」という意味を込めての返答である。
「親なんだから、子供を食べさせたり学校に行かせるのは当然のことだと言う言い方もある。」
「・・・・・・。」
「でもな、よくよく考えたら、子供が生まれる家を、つまりは親となる人間を選べないのと同じで、その親だって生まれてくる子供を選んだりは出来ないんだよな。
男の子が欲しいと願っても女の子が生まれたりするわけだし・・・。」
「・・・・・・。」
「そりゃあ、親の希望としては、健康で、賢くって、おまけに美形であれば言うことはないんだろうが、それでも実際に出産が近づいたら、『もうそんな贅沢は言わないから何とか無事に生まれてくれ』って祈るだけになるものなんだ。」
「お、お父さんも、そう思った?」
「もちろんだ。それは、孝が生まれるときもそうだったし、沙希の時も同じだった。とりわけ沙希の場合は、生まれるときまで逆子だったからな。場合によっては難産になるかもしれないって医者に言われてて・・・。
だから、帝王切開で何とか無事に産声を聞いたときには、そりゃあ、飛び上がらんばかりに喜んだものだった。」
「て、帝王切開!?」
「ああ。そうでもしなければ、子供の命どころか、母体の命も保証しかねるって言われてな・・・。」
「・・・・・・。」
孝が初めて聞く話だった。
「実を言うと、お父さん、もう一人男の子が欲しかったんだ。」
「ん? つ、つまりは、僕の弟ってこと?」
「ああ・・・、だから、沙希のときにも、男の子だったら良いのに・・・って思ってたんだが・・・。」
「女の子だったってことか・・・。」
孝は、妹沙希のようなやんちゃな弟は欲しくなかったから、それはそれで良かったと思う。
「だ、だったら、頑張って、もうひとり作れば良かったんじゃないの?」
孝も、素直で言うことをよく聞いてくれる弟ならば大歓迎である。
「それが、そうも行かなくなってな・・・。お母さんの身体がな・・・。」
「ん? ど、どこか悪かったの?」
「ま、仕事柄、身体に無理を強いていたからな。で、沙希のときの帝王切開だろ。もう出産は難しいだろうってことになって・・・。」
「へ、へぇ~・・・、そ、そうだったんだ・・・。」
これまた、孝が初めて聞く話だった。
それでも、父親に向かって、その詳細を問う勇気は出なかった。
母親の身体に負担をかけて生まれてきたという負い目がどこかにあったのかもしれない。
(つづく)