第1章 爺さんの店は何屋さん? (その14)
「そうか・・・。それは大変だなぁ~・・・。でも、店はいつもどおり開けてるんだろ?」
爺さんが訊く。
「あ、はい・・・。」
「じゃあ、そんなときに休みを貰ったりしたら駄目じゃないか。いくら公休だと言っても・・・。」
「い、いえ・・・、そ、それは・・・。」
「ん? どうした?」
「山羊さんち、いつ引越しされるんだって訊かれて・・・。」
「えっ! で、喋っちまったってことか?」
「あ、はい。で、そうしたら、うちの店も臨時休業にするからって・・・。」
「ほ、ほう・・・。それで、ここに来てくれたってことか・・・。」
「は、はい・・・。」
若者は、胸の支えが取れたようにほっとした表情を見せる。
「そっか・・・。ありがたいことだなぁ~、そこまで気を遣って貰えるなんて・・・。」
爺さんは、何度も大きく頷くようにする。
「じゃあ、名物のケーキはどうしてるんだ?」
暫く考え込むようにしていた爺さんが再び口を開く。
「出してないです。奥さんが入院されてからは・・・。」
「だったら、客足も落ちてるだろ?」
「ま、まあ・・・、そうですね・・・。」
「じゃあ、美和ちゃんに頼んでみようか。」
爺さん、コーヒーカップを置いたかと思うと、すぐに懐から携帯電話を取り出した。
で、その画面を見ながら、何やらピコピコとボタンを押している。
(ああ・・・、爺さん、メールをしてるんだ・・・。)
向かいに座っていたおっさんは、感心したかのようにその様子をじっと見ている。
おっさん、携帯電話は持っているが、と言っても商店会から渡されているものなのだが、それでも、それは電話だけで使っている。
機能的にはメールも使えるらしいのだが、おっさんには、とても使いこなせないのだ。
それなのに、自分よりひと回り以上も年上の爺さんがそうした機能をいとも簡単に使いこなすのを見て呆気に取られているのだ。
「よし、送信と・・・。」
爺さん、そう言って携帯電話を閉じた。
「美和ちゃんって、あの美和ちゃんですか?」
若者が爺さんに訊く。
「そうだそうだ。あの美和ちゃんだ。」
「じゃあ、あの子、施設から戻ってきたんで?」
「おう、2ヶ月前ぐらいにな。で、店に顔を出すように言ったんだが、どうにも来にくいらしい。ま、その気持も分からんではないが・・・。」
「で、その美和ちゃんに、何て?」
「手伝わんかってな・・・。」
「えっ! 店を・・・ですか?」
「ああ・・・、君は知らんだろうが、あの子、ああ見えて、菓子作りの腕前はなかなかのもんなんだぞ。
ケーキ作りをあの奥さんに習ってたんだからな。
あの事件さえなかったら、今頃は君の先輩だったかもしれんのだ・・・。」
「ええっっっ! マ、マジで?」
「どうだ? 驚いたか?」
「そ、そりゃあ・・・、少しは・・・。」
「・・・・・・。」
爺さんはにんまり笑っただけだった。
と、そこに携帯電話の鳴る音がする。
「おっ! 早速に・・・。 もしもし・・・。」
爺さん、そう言って席を立った。
どうやら、メールではなく、電話が掛かってきたらしい。
「お忙しそうなので・・・。」
小池のおっさん、そう言って立ち上がった。引き上げるつもりでだ。
もう少しここに居たい気持もあったが、どうにも腰が落ち着かないのだ。
どうしてか、他人様の自宅に上り込んだような気がしてならなかった。
そう、この店には、どことなく家庭の匂いがしたからでもある。
(つづく)