第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その112)
「う、うん・・・、それは分かるし、分かってるつもり。」
孝も、そうしたことは漠然とだが頭にある。社会に出ていわゆる自立をしていくためには、何らかの仕事に就いて一定の収入を得なければいけないってことは分かっている。
「わ、分かっちゃいるけど・・・。」
それでも、孝の口からは、ついそうした言葉が出てしまう。父親に対してと言うより、今の自分に向けて投げた言葉なのかもしれない。
「・・・・・・。」
父親は、孝の言葉が聞こえなかったかのように黙ったままでいる。
聞こえなかった筈はないのだが・・・。孝の顔をじっと見ていたのだから。
「お父さんは、高校を卒業する時には、もう今の家業をやるって決めてたんでしょう?」
孝は、具体的な話に戻そうとする。そうでもしなければ、父親がもう口を開いてこないような気がしたからだ。
「ああ・・・、そうだ。」
「それって、丁度、今の僕の年齢だよね。」
「ああ・・・、そうだな。」
「よく決断できたなって・・・。」
「ん? 決断?」
「う、うん・・・。」
「さっきも言ったんだが、昔は戦場に出ることは男としての義務だった。15歳で成人すれば、もういつ戦があっても即座に甲冑を着けて刀を持って馳せ参じる覚悟が必要だったんだ。
当人に戦場に行くか行かないかの判断が任されるものじゃあなかった。」
「そ、それはわかるけど・・・。」
「それと同じ心境だった。そう言えば理解できるか?」
「えっ! 家業をやるっていう決断がってこと?」
「つまりは、必然性だ。」
「ひ、必然性?」
「ああ・・・、お父さん、その当時は、家業をやることが必然だと思ったんだ。」
「ど、どうして?」
「どうして? さあ、どうしてなんだろうな?」
「他の道を選択するってこと、考えなかった?」
「う~ん・・・、それを考えた時期もあったんだが・・・。」
「で、でしょう?」
「それって、それこそ『敵前逃亡』だろうって思ってな。」
「て、敵前逃亡って・・・。」
「そうだ。戦国時代であれば、絶対に男として、いやその国に生まれた人間としてやってはいけないことだ。」
「・・・・・・。」
孝は、口の中が乾いていくのを自覚する。
(つづく)