第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その110)
「で、でも・・・。」
孝は父親の言葉に同意できない。
そう感じたり、そう思ったりするのは父親の勝手だが、少なくとも、孝から見た祖父と父親の親子関係ってのは、そんなにうまく行っているものだとは思えなかったからだ。
父親は祖父のことを「絶対的な存在」だと言い、何をするにも祖父の意向を無視することが出来なかったことを窺わせる。
それって、どう考えても理想的な親子関係ではない。
父親も、子供のときから息苦しさを覚えてきたのではなかったか。そう思うのだ。
それなのに、父親は、いま改めて「この歳になって、それが良かったんだって思うようになった」と言う。
その真意が理解できない。
「さっき、お爺ちゃん、ぶどうの収穫時期について話してきたろ?」
父親は、何を思ってか、その話に戻そうとする。
「う、うん・・・。」
孝は、曖昧な返事しか出来ない。そんなに急に話を変えるなよっていう思いもあった。
「あれは、孝が生まれたのを契機にして栽培を始めたものなんだ。」
「えっ!?」
孝は、意味が分からない。
「お爺ちゃん、孝の教育費のためにって、甲州ぶどうの栽培を始めたんだ。」
「・・・・・・。」
「だから、孝が中学に入るときに『金のことは心配するな』って・・・。孝が私立へ行きたいというのであれば、それはそれで認めてやれ。本人の選択に任せろって・・・。」
「・・・・・・。」
「親が子供のためにしてやれることって、そんなことしかない。そうした思いがお爺ちゃんには強いんだ。
実は、お父さんが生まれると分かった頃に、お爺ちゃん、それまでの稲作農家からの転業を決意したってことだ。」
「ええっ! そ、そうだったの?」
「ああ・・・。稲作専業では、もうこの先一家を支えていくことは難しいって判断したってことだ。
だからと言って、他の農家のように、サラリーマンをしながらのいわゆる兼業は絶対にしないって心に決めていたって言うんだ。」
「・・・・・・。」
「樹木は、親から種として生まれ、そして大地の上に落とされるんだ。
でも、親の木は、そこから先は何の手助けも出来ない。自らの葉を枯らせてその大地に敷き詰めることで、子供である種が大地に根付く環境を作るだけなんだ。
後は、その子供である種の生命力次第だ。
大木にまで成長できるか、はたまた細い低木のままで朽ち果てるか。」
「?」
孝には、父親の話がバラバラに聞こえる。
(つづく)