第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その107)
「ん? 違うってか? で、でも、まさか、意固地になって、不味い珈琲なんだけどそれを飲んでたってことじゃあるまい?」
父親は、孝の言葉にそう異論を唱えてくる。
「う、うん、そうじゃあないけど・・・。」
孝は、ようやく当時の自分に戻れたような気持ちになっていた。
「あの頃は、それこそ暗中模索って言うか・・・。」
「ん? 暗中模索? そんなに難しいことだったのか?」
「て、言うか、その日ごとに、少しずつ豆の量や煎り度合いを変えていて・・・。」
「ほ、ほう・・・、こりゃまた専門的な・・・。」
父親は、そう言ってにこりとした。
「それこそ、お父さんのラジコンに対する気持ちと同じ気持ちだったんじゃないのかなぁ~って思う。」
「ん? お父さんのラジコン? その当時のお父さんの気持ちが分かるってか・・・。」
「う、う~ん・・・、もちろん、そのまんまじゃないだろうけど・・・。
今から考えると、きっと、似たようなものがあったんじゃないかって・・・、そう思うんだ。」
「ほ、ほう・・・。それで?」
「そりゃあさ、最初はお爺ちゃんやお母さんに対する意地もあった。
お爺ちゃんからは『珈琲を捨てるな』って言われるし、お母さんには『そんなに文句を言うんだったら自分で入れなさい』って言われるしで・・・。」
「・・・・・・。」
「でも、そうして自分で入れるようになって、ホンのちょっとしたことで出来上がる珈琲の味が違ってくることに気がついたんだ。」
「大きな進歩だ・・・。やっぱり、自分でやってみるってことが重要ってことだろう?」
「う、うん・・・、僕も、そのとき、そう思った。
それまでは、単に、お母さんに入れてもらったのを美味しいって思って飲んでたんだけれど、それはあくまでもお母さんが作り出した美味しさなんだって・・・。
でも、珈琲って、別の美味しさって言うか、また別の味わいがあるし、それを作り出せるものなんだって思ったんだ・・・。」
「ほ、ほう・・・、それって、いつ頃気がついたんだ?」
「う~ん・・・、自分で入れ始めて、1ヶ月ぐらい経ったときだったかなぁ~。はっきりとは覚えてないけど・・・。」
「と、言うことは、どこの中学に進学するかを考えていた時期と重なってるな。」
「う、うん・・・。」
孝は、父親の顔を窺うように小さくそう答えた。
(つづく)