第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その104)
「へ、へぇ~・・・、そ、そうだったんだ・・・。」
孝はそう言う他はなかった。
確かに、物心ついたときには既に本格的な珈琲を飲んでいた。
今、こうして父親から聞かされた話がなければ、その習慣がいつから始まっていたのかは知らずじまいになるところだった。
その父親の話でも、その時期がいつであったかははっきりとはしない。小学校1年か2年のときだったということだ。
それでも、孝の珈琲との付き合いは既に10年以上あるという計算になる。
で、そのことが子供心にある種の優越感を抱かせていたのも事実である。
友達がジュースや炭酸飲料を嬉しそうに飲んでいたのに、孝はそうしたものには手を出さなかった。飲むと言えば、百歩譲る気持ちで缶コーヒーだった。
いわゆる大人びた子供だった。友達の中でも異色だった。
皆から一目置かれた存在だった。
子供の世界というのは些細なことで優劣が決まる。
その代表的なものが学校での成績なのだが、孝は、そうした友達との関係を維持したいがために勉強にも力を入れるようになった。
珈琲を飲むことで得た「一目置かれる立場」を学校でも維持しようとしたのだ。
「俺は、お前らとは違うんだ。お前らほどガキじゃあない」と意識することで、何事においても優位に立とうとした。
もちろん、それに見合うだけの努力はしてきたつもりだ。
その結果が今日ある。
来年は大学受験が控えている。
そこでも、孝は「一目置かれる立場」を維持したいと思っている。
だからこそ、今の苦しい受験勉強にも耐えられるんだ。そう思ってきた。
こうして考えると、父親が言った「お爺ちゃんの一言で孝の希望が叶えられるようになった」という事実はそれなりの重みがある。
「紛い物ではなく、本物が欲しいってのを無視しちゃあ駄目だ」と祖父は言ったらしい。
たかが珈琲という嗜好品の話なのだ。インスタントで行くか、本格的な珈琲にするかの選択である。
それなのに、一家の長である祖父がそう言って孝の主張に賛意を示してくれたのだ。
しかも、自分はまったく飲まないのにだ。
「本物か・・・。紛い物じゃ駄目ってことだな・・・。」
孝は、ふと、そう呟いた。
(つづく)