第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その103)
「やっぱり、そうなんだ・・・。」
孝がそう念を押す。
子供に珈琲を飲ますのはいけないことだ。それなのに、父親は3歳の俺にそれを飲ませたんだってことを暗に言いたかったからだ。
「でもな、それは必ずしも科学的根拠があってのことじゃあない。」
孝の本音を知ってか知らずしてか、父親がそう被せてくる。必ずしも自分が飲ませたことが悪だとは思っていないとの言い訳なのかもしれない。
「現に、孝、珈琲を飲んできたことで、何か健康上で悪影響があったか?」
「ううん、それはないけど・・・。」
「だろ?」
「ん!」
孝、また父親が言う「だろ?」にぶつかったことに気がつく。
「それでだ、孝、その友達の家で飲んだ本格的な珈琲の味に惚れ込んだみたいでな。
それからも家でインスタント珈琲を飲みはしてたんだが、次第に余り欲しがらなくなったんだ。」
「ん? どうして?」
「う~ん・・・、やっぱり本物志向に目覚めたんだろうな。インスタントじゃあ満足できないって・・・。」
「それって、小学生のとき、しかも低学年のときでしょう?」
「ああ・・・。」
「何て生意気な。」
孝は自分のことなのにそう思う。
「で、誕生日が近づいたときだった。誕生日のプレゼント何が良いって訊いたら、孝、何と言ったと思う?」
「さ、さあ~。」
「覚えてないのか?」
「・・・・・。」
孝は黙って首を横に振る。
「珈琲の豆が良いって・・・。」
「ええっ! う、うっそ!」
「嘘じゃあない。本当にそう言ったんだ。」
「そ、それで?」
「ご要望に応じたさ。お母さんは反対をしたんだが、お爺ちゃんの鶴の一声でOKとなったんだ。おまけに、お爺ちゃんのアドバイスで、ミルやドリッパーなどの器具一式も買い揃えたんだ。」
「・・・・・・。」
孝はその当時のことを必死で思い出そうとするのだが、その断片は浮かんでも、大部分は記憶の彼方に霞んでしまっている。
それでも、ここでも祖父の一言が物事を決めたんだという事実には改めて衝撃を受けた。
「お爺ちゃんは今でも珈琲は飲まない。外国人の飲み物だって言うんだ。
そのお爺ちゃんが孝の希望を叶えるとは、正直言ってお父さんも思ってはいなかった。賛成してくれなくっても、反対してくれなければそれで良いって思ってたぐらいだからな。」
「・・・・・・。」
「それなのに、お爺ちゃん『紛い物ではなく、本物が欲しいってのを無視しちゃあ駄目だ』って言ったんだ。」
父親は、そう言ってから改めて孝の顔をじっと見てくる。
(つづく)