第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その101)
「そ、それで、僕はどうなったの?」
孝は記憶にない過去を手繰り寄せようとする。
「ん? どうなったって? どうもなりゃあしなかったさ。」
父親は意外なことを聞くものだと言いたげな顔をする。
「で、でも、そのときの僕って3歳だったんでしょう?」
「ああ、そのとおりだが・・・。だからといって、アイス珈琲を二口三口飲んだだけでどうにかなるものじゃあないだろ?」
「吐き出したりしなかった?」
「いいや、お父さんが気がついてストローを取り上げるまで吸い付いたままだった。吐き出すどころか、吸い続けてたんだ。だから、それからが大変だったんだ。」
「戻したり?」
「いや、そうじゃなくって・・・。ストローを取り上げたのがお気に召さなかったらしくって、孝、大暴れしたんだ。」
「ええっ! 大暴れって?」
「ストローを持ったお父さんの手を追いかけたんだ。で、勢い余ってお父さんの膝から床に転げ落ちた。」
「げっ! け、怪我しなかった?」
「ああ・・・、幼児のときってのは、そうした場合に身を守る智恵、言うなれば防衛本能が働くように出来てるんだ。落ちてビックリしたことで大声で泣き喚いていたんだが、それを聞きつけてきたお母さんに抱かれたら、それこそケロッと泣き止んで・・・。」
「だ、だったら良かったんだけれど・・・。」
「で、お母さんにどうして膝から落ちたんだって訊かれたから、孝がストローを欲しがってって言ったんだ。事実だからな。
それを聞いたお母さんが、新たなストローを孝に渡したんだ。遊び道具の感覚だったんだろう。
ところが、孝、お母さんが渡したストローには興味を示さなかった。ポイって捨てたんだ。その一方で、お父さんが手にしていたストローを欲しがってな。
つまりは、お父さんの前にあるアイス珈琲が欲しかったんだろう。」
「・・・・・・。」
「さすがに、お父さんも、孝がアイス珈琲を飲んだみたいだとは言えなかった。どこかに罪悪感があったんだろう。管理不行き届きだって、お母さんに叱られそうで・・・。」
「・・・・・・。」
「それでも、それを契機に、孝、お父さんが珈琲を飲んでると分かると、必ず膝の上に登ってきた。つまりは、珈琲のつまみ食い、いや、つまみ飲みをやったんだ。」
「えっ! また、飲んだってこと? お父さん、止めなかったの?」
「あははは・・・、そりゃあ最初は飲ませないようにって配慮したさ。
それでもな、あまりに欲しがるので、最後には両手を合わせて拝むようにするんで、つい黙認をするようになったんだ。」
「えええっっっ! も、黙認って・・・。」
孝は、自分のことを話されているのに、それを忘れているような気持ちになっていた。
(つづく)