第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その100)
孝は、改めてその場面を思い起こす。つい1分ほど前の出来事である。
「はい、珈琲入れたよ。2杯目だから、アメリカンにした。」
「ありがとう。孝、珈琲入れるの、随分と巧くなったなぁ~。」
「あははは・・・、そりゃあ、毎日、自分で入れて飲んでるからね。」
「だ、だろ?」
まるで録画の再生ボタンを押したようなもので、この僅かなやり取りを何度も思い返してみる。
それでも、やはり父親が最後に言った「だろ?」の意味は分からない。分からないどころか、違和感すら覚える。
だからこそ、「どういう意味?」と訊いているのだが、その言葉を口にした当事者である父親は「たいした意味はない、気にするな」と言ってくるのだ。
「孝が珈琲を初めて飲んだのは3歳のときだ。覚えてないだろうが・・・。」
父親が突然話し始める。息子孝との雰囲気が壊れそうになっていることを感じてのことなのだろう。
「えっ? さ、3歳?」
「ああ・・・、もちろん、お母さんには内緒にしてきたことなんだが・・・。」
「ど、どうして?」
「3歳の子に珈琲を飲ませたなんて言ったら、それこそ『そんな無茶をして』ってお父さんが叱られるだろうからな。」
「つ、つまりは、お父さんが飲ませたってこと?」
「う~ん・・・、飲ませたんじゃなくって・・・。」
「だ、だったら・・・。」
「孝が自分で飲んだんだ。」
「えっ!?」
「その日は朝から土砂降りの雨でな。予定していた農作業は全部中止になって・・・。
で、お父さん、ここでこうしてモーニングのアイス珈琲を飲んでたんだ。
そうしたら、孝がちょこちょこってやってきて、お父さんの膝に登ったんだ。
ほら、この椅子、ここに足をかけられるだろ?」
「ん? ああ、ここに?」
「孝にすれば、お父さんがそんな時間に家にいるのが珍しかったんだろうな。これ幸いと甘えようとしたんだろう。」
「・・・・・・。」
もちろん、孝に記憶があるわけではないのだが、そうして言われると気恥ずかしさが先に立ってきて、言葉が出てこない。
「お父さんがテレビのニュースを見るために孝からちょっと目を離したんだな。
で、次に気がついたら、孝、お父さんのアイス珈琲のストローを吸ってたんだ。」
父親は、そう言って苦笑いをする。
(つづく)