第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その98)
「な、納得? そ、そうだなぁ~・・・。多分、それはなかったかと・・・。」
父親は、そう言いつつも、孝が差し出した手にカップを委ねる。
「でしょう? 納得なんか出来るわけないよね?」
2つの珈琲カップをキッチンまで運びながら、孝は少しだけそれまでより大きな声で言う。
自分が動いたことで父親との物理的な距離が拡がったこともあるのだが、祖父の教育のやり方に異論があることを共有したいという思いもあったからだ。
「お爺ちゃんがよく言うのが、『まずはやってみろ』って言葉だった。」
父親も、その距離を意識したのだろう。孝に習うようにして、少しだけ大きな声で言ってくる。
「う、うん・・・。」
孝は肯定も否定もしない。祖父からではないが、同じようなことを誰かに何度となく言われた記憶があったからだ。
「『やりもしないで、これは出来そうにないとか、これをしたってどうなるものでもないとか言う奴がいるが、とんでもないことだ』って・・・。」
「で、でも・・・、そうした結果をちゃんと予測することも大切なんじゃないの? そうでないと、それに費やした時間と労力が無駄になることだってあるんだし・・・。」
改めて珈琲を入れる準備をしながらも、孝はそう反論する。
もちろん、父親に対してではなく、祖父の言葉に対してなのだが・・・。
「う~ん・・・、無駄ってか・・・。」
「僕の言ってること、間違ってる?」
「いや、基本的には間違いじゃあないだろう。少なくとも・・・。」
「ん?」
孝は、父親の言い方に引っかかりを覚える。
間違いじゃないと肯定してくれているように聞こえるが、言外に、何かを否定しているようなニュアンスを感じたからだ。
それでも、真正面に父親の顔を見られていない状況だけに、すぐさまの反論には踏み込めなかった。
珈琲を持って行ってからにしよう。そう自重したのだ。
「はい、珈琲入れたよ。2杯目だから、アメリカンにした。」
孝は、両手に珈琲カップを持って父親のいるテーブルへと戻る。
「あ、ありがとう。孝、珈琲入れるの、随分と巧くなったなぁ~。」
「あははは・・・、そりゃあ、毎日、自分で入れて飲んでるからね。」
「だ、だろ?」
父親は、変なところで変な言い方をする。
(つづく)