第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その97)
「だ、だからって・・・。」
孝は、そうは言いつつも、そうした親と子の間に流れる無言の葛藤は何となくだが理解できる自分を意識する。
そう、孝自身にも同じような瞬間や時間があったからだ。
「お爺ちゃんって、いつもそうなんだ。」
父親は空になった珈琲カップを両手で包み込むようにしたままで言ってくる。
「ん? いつも、って?」
「お父さんが中学に入ったときもそうだった。
『中学に入ったら、どこでもいいから運動部に入れ』ってお爺ちゃんは言った。そう言われても、お父さん、正直言ってどこのクラブに入るべきか分からなかった。
元々が運動オンチだったしな。体力的にも体形的にも、運動部に向いているとはとても思えてなかったし・・・。」
「で、でも、陸上部に入ったんでしょう? 走るだけだからって・・・。」
孝は、つい先ほど聞かされた話からそう言う。
安易な選択だと思ったが、さすがにその指摘は口に出来なかった。
「ああ・・・。それで、『陸上部に入った』って報告したんだが、お爺ちゃんはチラッとお父さんの顔を見て『ああ、そうか』って、それだけだった。」
「理由は聞かなかったんだ・・・。」
「そ、そうだったな。理由どころか、その陸上部に入って一体何をやるんだとも訊いてこなかった。」
「ど、どうしてなんだろう?」
孝は、どうにもそれが不思議に思えた。
祖父は父親に運動部に入るように言った。いや、そう命令した。
だが、その命令の仕方が何とも中途半端だ。「どこでもいいから」。そんな不明瞭な命令ってないだろうって思う。
「それが、お爺ちゃんの教育のやり方だったんだ。」
「んん?! そ、それが? そのやり方が?」
「そ、そうだ。そうして、お父さんに“選択の範囲”を明示して、『この範囲の中であれば自由に選んでよし!』ってのがお爺ちゃん流ってことだ。」
「そ、そんなぁ~・・・。」
孝はどうにも納得できない。そんな教育の仕方ってある訳がないって思う。
まるで羊を追う牧羊犬のようではないかと。
「お、お父さん、それで納得してたの?」
孝は、そう言ってから自分も珈琲を飲み干した。
そして、父親が手にしていた空になったカップを受け取ろうとする。
そう、もう一杯、珈琲を入れる気持ちになっていた。
(つづく)