第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その96)
「『中学に入ったらどこでもいいから運動部に入れ』って言われたこともそのひとつだし、さっき言った春の嵐が来たときに『お前ひとりで家を守れるよな』とお父さんに一人で留守番をさせたのもそうだ。」
父親は、また珈琲を一口飲む。
「う~ん・・・、それって、一種の命令?」
孝にはそのように聞こえる。
「命令? 取りようによってはそうなのかもしれんが・・・。少なくとも、お父さんはそうは感じなかった。強いて言えば、お爺ちゃんなりの助言・アドバイスだったんだろうって。」
「そ、そうなの?」
孝は、これまた意外に思う。もし、自分が同じように言われたとしたら、それは間違いなく「命令された」と受け止めただろうし、と同時に、その命令には従わなかっただろう。
「だから、手紙にあった『本人に決めさせたい』ってのも、お父さんはお爺ちゃんがそう言っているんだって受け止めたんだ。」
「だから、自分で決めたの? それからの進路・・・。」
「ああ・・・、そうだ。
先生、手紙は先生宛だからってお父さんに渡しはしてくれなかったが、それでも、お爺ちゃんがお父さんのことをどう思っているかはよく理解できたんだ。」
「改めての相談は?」
「しなかった。」
「ええっ! まったく?」
「その進路相談があった夜、夕飯のとき、お父さん、お爺ちゃんから何か言葉があるだろうって思ってたんだ。それを聞く覚悟もしてたんだ。お父さんなりにな。」
「そ、それで?」
「お爺ちゃん、チラッとお父さんの目を覗き込んだだけで、何ひとつ言ってこなかったんだ。」
「う、うそ!」
「嘘じゃあない。本当のことだ。で、それっきりだった。」
「ん? な、なにが?」
「お父さんがどんな高校に進学するかを話題にしなかったってことだ。」
「そ、そんなぁ~・・・。」
孝は、どうしてか重苦しい気持ちになった。
「で、お父さん、自分であれこれ考えたうえで農業高校に進学しようって決めたんだ。
それをお爺ちゃんに伝えようとしたんだけれど・・・。」
「?」
「そこから先、お爺ちゃん、お父さんと目を合わさなくなってな。ま、収穫時期と重なったこともあって、夕食も一緒の時間に取れなくなっていたこともあるんだが・・・。」
父親は、そう言って、カップに残っていた珈琲を飲み干した。
(つづく)