第1章 爺さんの店は何屋さん? (その12)
「大阪のどこで?」
小池のおっさんは、ネットで見た若者の会話を思い浮かべて訊く。
多分、話題となっていた店なのだろうとは思っている。
「店ですか?」
「あ、はい・・・。」
「大阪府の寝屋川市です。」
「じゃあ、そこを閉められて?」
おっさんは、ネットで見た情報が頭にある。
「い、いえ、完全に・・・ってことではなく、一時休業のような感じですか・・・。」
「ええっ! 一時休業? て、ことは・・・。」
「決して、ここをすぐに撤収するってつもりじゃあないんですよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「向こうの子供達が、“続けろ続けろ!”って言ってくれるもので・・・。
で、一応は、“一時的だから・・・”ってことにして・・・。」
「じゃ、じゃあ・・・、いずれは大阪に戻られると?」
「うっ、う~ん・・・、どうなりますことやら・・・。」
爺さんは、どうしてか苦笑いをする。
「どうぞ。」
中条と呼ばれた若者がコーヒーを持って来てくれる。
そう、さきほど掃除機を掛けていた子である。
「おおっ! ところで、中条君、もうそろそろ帰れよ。遠くまで帰るんだから・・・。」
爺さんが若者に向って言う。
「ええっ! そ、そんなあ~・・・。」
若者はまるで駄々を捏ねるように言う。帰りたくないと言うようにだ。
「だって、6時間ぐらいかかるだろう? ここからだと。」
「ええ・・・、まあ・・・、それはそうですが・・・。」
「だろ? あまり遅くなると、明日に響くぞ。もうその辺で良いから、帰る支度をしろよ。」
「大丈夫です。あ、明日は、休みを取ってきましたから・・・。」
「んん? ホンマか?」
「あ、はい。ですから・・・。」
「だとしてもだ・・・。夜道を長時間走るんだからなぁ~・・・。」
「と、泊まったら、駄目ですか?」
言うか言うまいかを迷ったのだろう。ワンテンポ空けるようにして若者が言う。
「んん? と、泊まるって・・・、どこに?」
爺さん、手にしたコーヒーを溢し掛けるほどに驚いた顔をする。
「この2階は無理ですか?」
「ええっ! ここにって・・・。」
「寝袋はいつも車に積んでますから・・・。場所だけあれば良いんで・・・。」
「・・・・・・。」
小池のおっさんは黙ってその成り行きを見守っている。
とても口を挟める雰囲気ではない。
「わ、分かった。でも、本当に有給を取ったんだな? 無断じゃないな?」
爺さんは若者の顔をじっと見つめるようにして訊く。
「も、もちろんです。山羊さんに、何度も教えられましたし。今じゃあ、それぐらいの社会常識は持っていますよ。」
「そ、そっか・・・。だったら、お言葉に甘えようかな。ありがとう。」
「い、いえ・・・、俺ら、こんなことでしか恩返しできないんで・・・。」
「もう、十分返してもらってるよ。だから、ああして店が続けられてるんだ・・・。」
「えへっ!」
若者は、そう一言言ったかと思うと、小池のおっさんに軽く会釈をして奥へと消える。
「す、凄い人気なんですねぇ~・・・。」
おっさんは、取り敢えずはそう言う。いや、それぐらいしか言葉が無かったのかもしれない。
いまだに、爺さんの店がどんな店なのかも分ってはいない。
「今の子は、確か、3年ぐらいの付き合いで・・・。」
爺さん、コーヒーを口に運びながら言ってくる。
「で、でも、お若い方のようにお見受けしましたが・・・。」
おっさんは、中条と呼ばれた若者は20歳ぐらいだろうと思っていた。
それで、3年前からと言うことは、まさに17歳ぐらいのときからこの爺さんと付き合っているということになる。
そうした事実が眩しく思えたのだ。
(つづく)