第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その86)
「だから、ふたりのお兄さん、お墓にはその名前が刻まれているんだが、遺骨は入っていないんだ。骨どころか、遺品ひとつ戻らなかったらしい。
お爺ちゃん、戦後に何度も役場に行って、ふたりがどこで死んだのかを調べようとしたらしいんだが、とうとう分からないままだったって・・・。」
静かな口調で父親はそう説明をしてくる。
「・・・・・・。」
孝に言える言葉はなかった。
余りにも突然の話だったし、その当時のことは、孝の中では既に歴史のひとつとしてしか認識できなくなっていたからでもある。
「終戦時、お爺ちゃんは予科練にいたらしい。」
「『よかれん』って?」
孝は、地名なのかと思った。四国にありそうな気がした。
「正式には『飛行予科練習生』と言ってな、ま、一口で言えば、兵隊の養成所のようなところだ。
お爺ちゃんがいたのは海軍の予科練で、飛行機乗り、つまりは戦闘機のパイロットを養成するところだった。志願して行ったらしい。」
「・・・・・・。」
「ところが、もう戦争末期だったから、まともに飛べる飛行機もなかったそうだ。
で、お爺ちゃんは一度も飛行機で空を飛んではいなかったんだ。憧れだったのにな。」
「・・・・・・。」
「だから、もう少しお爺ちゃんが早くに生まれていたら空を飛べたかも知れんのだが、と同時に、先輩同様に特攻機で死んでいたかも知れんのだ・・・。」
「ええっっ! と、とっこうって、あの特攻?」
孝も、その言葉だけは知っていた。自分の命を捨ててでも、敵の軍艦なりを沈めるっていう無茶苦茶な体当たり戦法である。まさか入学試験に出るようなことではないのだろうが・・・。
「ああ・・・、2年先輩だと、何人かが特攻機に載ったらしいからな。それこそ、紙一重だ。
そうなっておれば、つまりはお爺ちゃんが特攻機にでも載っていたとしたら、お父さんも、そして孝も、この世には生まれなかったってことになる。
血のつながりってのは、そういうものだ。」
「・・・・・・。」
「そんな経験があったお爺ちゃんだ。お父さんが飛行機に関心を持ったことを快くは思えなかったんだ。その気持ちは分かるだろ?」
「・・・。」
孝は、まともに返事も出来なかった。ただ、小さく何度か頷くだけになる。
(つづく)