第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その84)
「ああ、そのとおりだ。」
父親は大きく頷いて肯定する。
「で、でも・・・、そうはしなかった・・・。」
孝は、言葉の選択に迷った。
本音としては、父親に「そう出来なかったのはどうして?」と問いたかったのだが・・・。
「理想を言えば、人間、やりたいことがそのまま職業になれば一番良いんだろうが・・・。」
父親は、そうした孝の気持ちが分かっているのか、少し考えるようにした後、ゆっくりとした口調で口を開いてくる。
「そうも行かないのが現実なんだろうな。」
「理想と現実は違うって?」
「ああ・・・。」
「で、でも、理想があるから、人間、頑張れるんじゃないの?」
「そ、それは、確かだ。」
「でしょう?」
「問題は、その『理想』って奴の中身だろうな。」
「ん? 中身?」
「ああ・・・、理想と夢は自ずから違うものだからな。」
「・・・・・・。」
孝は、何かを言おうと一旦は息を吸ったものの、いざ、そいつを吐き出そうとした時点で止まってしまう。
「夢は必要だろう。夢があってこそ、それに向かって頑張れるんだからってことも正しい。」
「・・・・・・。」
「でも、夢は夢で、理想は理想だ。夢は見るものだが、理想は作り上げるものだからな。そこが根本的に違うんだ。」
「ん? 作り上げる?」
孝は、初めて聞く言葉に納得がいかない。
「理想は、現実がその土台だ。言い換えれば、現実を踏まえてこその理想なんだ。」
「夢も同じじゃないの?」
「いや、違う。」
「そ、そうかなぁ~・・・。」
孝は強い違和感を覚える。
それでも、理論的に父親に対抗できるものがない。
「お爺ちゃんがよく言ってた。災害がまったく起きないのが夢だ。そして、起きても被害を受けないようにするのが理想なんだってな・・・。」
父親は、まるで自分に言い聞かせるように言う。
(つづく)