第1章 爺さんの店は何屋さん? (その11)
「ほ~い! 分かった。今降りて行く。」
2階から爺さんの声がした。
で、すぐに階段の上から爺さんが顔を覗かせてくる。
「ああ・・、先ほどは・・・。」
小池のおっさんがペコリと頭を下げる。
一応は、慎重な対応を心掛けているらしい。
「ああ、専務理事さん・・・。ま、まだ、書類、書いてないんですよ。
すぐに書きますから、ちょっとだけ待って頂けませんか?」
爺さん、おっさんが何も言ってないのに、そう言ってくる。
例の商店会への加入申込書を取りに来たと思ったようだった。
「い、いえいえ・・・、それは、明日でも構いません。
実は、今からちょっと外出をしますので、事務所、空っぽになったもんで・・・。
入れ違いになったら申し訳ないと思いまして・・・。」
おっさん、突然のことで、兎も角そんな言い訳をする。
まさか、「お店の様子を覗きにきました」とは言えなかったのだろう。
「あああ・・・、それはそれは、ご丁寧に・・・。申し訳ございません。
で、でも、折角ですから、ちょっと寄って行かれませんか?
お茶ぐらいはお出ししますよ。」
爺さん、書類の督促ではないと分かったからか、照れるような顔で階段を降りてくる。
「ええっ! う、う~んと・・・。」
小池のおっさんは意識的に腕時計を見る。
その間に、「どうしようか?」という問いに答えを出すつもりだった。
「そ、そんなにお急ぎなので?」
「い、いえ・・・、別に、そうではないんですが・・・。」
「じゃあ、どうぞ。」
「で、では・・・、ほんのちょっとだけ・・・。」
互いに大人の会話で、小池のおっさんはシャツターを潜ることにする。
「まだ掃除中なんですが・・・、ま、どうぞ・・・。」
降りてきた爺さんがおっさんを応接用ソファーに招き入れる。
「コーヒー、お好きですか?」
ソファーに腰を下ろしたおっさんに爺さんが訊く。
「あ、はい・・・。」
「じゃあ、中条君、コーヒーを頼むわ。」
「はい、承知いたしました。」
掃除機を手にしていた若者がそう答えて来る。
「引越し、大変でしょう?」
おっさん、何から切り出して良いのか分からないものだから、当たり障りの無いことから口にする。
「ええ、まあ、それでも、ああして若い子がボランティアで手伝いに来てくれてますので・・・。」
爺さん、にこやかな口調で答えて来る。
「えっ! 店員さんじゃあないんで?」
「うちは、店員は必要がないんですよ。こんなちっぽけな店ですからね。」
「じゃ、じゃあ、角田さんおひとりで?」
「ええ・・・、まあ・・・。」
「お店の内装工事はこれからなんで?」
室内の様子を見たおっさんが訊く。
以前の布団屋の内装そのままだったからだ。
「い、いえ・・・、工事はしないんです。このままで使います。」
「ええっ! こ、このままで?」
「ええ・・。多少、壁の汚れなんかはありますが、ここ2~3日中に、子供たちが壁を拭いてくれるって言うもので・・・。」
「ああ・・・、お子さん達が・・・。それは、親孝行なことで・・・。」
「い、いえ・・・、本当の子供ってことではなくって・・・。」
「ん?」
「以前、大阪の方で同じような店をやってましてね。そこに来ていた子供達なんです。
ビル清掃の仕事をしている子供達が日程を合わせてやって来てくれることになってまして・・・。」
「やってくるって・・・、大阪から?」
「ええ・・・、まあ、大阪ばかりではなく、ほぼ近畿一円からですかね・・・。」
爺さんは嬉しそうにそう言った。
(つづく)