第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その81)
「へぇ~・・・。」
孝はそう呻くように言う。その資料の分厚さに圧倒されたこともあったのだろう。
それでも、珈琲カップから手を離して、改めてその資料を両手で目の前に持ってくる。
「み、見てもいい?」
孝は無意識にそう訊く。
父親がこうして目の前に持ってきたのだ。それは「見てみろ」という意思に他ならないのだが、それでも孝はそう念を押した。
それだけ「重たいもの」だとの意識があったのだ。
「・・・。」
父親は黙って頷いてくる。
孝は適当なところに指を差し入れてそのページを開いた。
「う、うわぁ~・・・、な、何、これ・・・。」
開いた資料を見て、孝はそう声を上げる。まるっきり読めないのだ。
もちろん、日本語で書かれたものではある。それでも、達筆すぎると思える毛筆で書かれたその文字は、そうした字に触れていない孝にとってはまさに外国語、いや、絵文字か象形文字に近いものだった。
「う~ん・・・、それは、おそらくは戦後時代後期に書かれたものじゃあなかったかなぁ~・・・。」
向かい側から覗き込むようにした父親が解説をしてくる。
「お父さん、これ、読めるの?」
「い、いや、駄目だ。」
「お爺ちゃんは?」
「う~ん・・・、どうなんだろう?」
「で、でも、まるっまり読めないんじゃあ、この資料を集めてきた意味がないんじゃない?」
「ああ・・・、それはそうなんだが・・・。それを大学の先生のところに持ち込んだりして・・・。」
「えっ! それって、お爺ちゃんが?」
「ああ・・・、そうだ。他にそんなことをする人間はいない。」
「そこまでして?」
「お爺ちゃんの執念だろうな。」
「・・・・・・。」
「そうした資料を現代文に書き直したものを、お爺ちゃんは自分で作ったんだ。」
「ええっ! こ、これだけの資料、全部?」
「ああ・・・、そのとおりだ。」
「・・・・・・。」
孝は絶句する。今、自分がやっている大学受験のための勉強など、足元にも及ばないもののように思えたからでもあった。
(つづく)