第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その80)
「孝は知らないんだろうが、お爺ちゃん、郷土史にも詳しいんだ。」
父親はどうしてか椅子から立ち上がって言う。
そして、壁際に設置されていた本棚のほうへと向かう。
「へぇ~、そ、そうなんだ・・・。お爺ちゃんにそんな趣味があったとは知らなかった。」
孝は珈琲カップを両手で持つようにしながらそう言った。
「ところがな・・・、お爺ちゃんの場合は趣味じゃあないんだ。」
「ん? 趣味じゃないって・・・。だったら?」
「それも、家業である果樹園を守るための情報収集って奴なんだ。」
「・・・・・・。」
「つまりは、この地域の歴史を紐解くことによって、この地域が抱える自然との軋轢が見えてくるってことらしい。」
「あ、あつれきって?」
「郷土史には、それこそその時代その時代の大きな出来事が書き残されている。
もちろん、領主の政治や戦争などのことが主なんだが、それに付随するかのように、飢饉だとか、大火災や大嵐、つまりはそうした大災害についても記録されているんだ。」
「・・・・・・。」
「お爺ちゃんは、政治や戦争などの歴史には興味がないんだ。ただ、台風や地震、それに川の氾濫や山津波などの、いわゆる自然災害に関わる記録ばかりを読み漁っていたんだ。」
「や、山津波って?」
「ああ・・・、今で言う大規模な土石流を伴う山崩れだ。小さな山だと、その山ひとつが一晩でなくなってしまうこともあったらしい。」
「ええっ! や、山がなくなる?」
「ああ・・・、そんな記録があるそうだ。」
「この地域で?」
「ああ・・・、まさに、この地区でだ。」
「・・・・・・。」
「あ、あった。これだ。」
父親は、本棚から1冊の本、いやコピー紙を紐で束ねたものを取り出してくる。
「こ、これは?」
それを目の前に置かれた孝が問う。
「お爺ちゃんが集めた郷土史の資料のコピーだ。」
「こ、こんなに?」
「全部で800枚ぐらいはあるんだろうな。」
「こ、これ全部が?」
「そうだ。何年もかかって集めたものらしい。」
席に戻った父親が硬い表情でそう言ってくる。
(つづく)