第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その78)
「でもな・・・、その一見何とも非科学的な日記が、あの春の嵐を予想させたらしい。その事実を聞かされると、お父さん、とても非科学的な判断だとは思えなかったんだ。」
父親は、珈琲を入れる準備をしている孝の背中に向かってそう言ってくる。
「ん? その日記でって・・・?」
孝は振り向いて訊き返す。
「以前に同じような強風による被害があったとき、ムクドリの姿がまったくなくなっていたってことが書いてあったんだ。いつもは、夕刻になれば水面近くに上がってきて餌となる虫を食べるフナが池の底でじっとしていたって記録されてたんだ。」
「・・・・・・。」
「つまりは、過去の経験から、それと同じ状況がいくつも見えたものだから、これはきっと嵐になるんだって思ったってことだ。」
「・・・・・・。」
「聞いてるのか?」
何も反応しない孝に、父親が背中越しに訊く。
「う、うん、聞いてる。」
孝は珈琲を入れながら短く答える。
「それでも、その話はお爺ちゃん本人から聞かされたんではなくって・・・。」
「ん?」
「お爺ちゃんは、そうした自慢話になるようなことは一切口にしない人だ。だから、その話はお婆ちゃんがそっと教えてくれたんだ。
そうしたお爺ちゃんを傍でじっと支えてきたお婆ちゃんだからこそなんだろうな。
それだけ、お爺ちゃんを信頼してるってことの証なんだろうけれど・・・。」
「・・・・・・。」
「だからなんだ。こと、果樹園のことについては、お父さん、今でもお爺ちゃんの判断に従うことにしてるんだ。それでいて、一度も間違ったことがなかったからな。」
「ああ・・・、だ、だからなんだ・・・。」
孝は、入れ終えた珈琲カップを両手で持ちながら言う。
「ん?」
「さっきも・・・。」
孝は、敢えてその先については言葉を濁す。
そう、先ほど、祖父がほんの一瞬顔を見せて、ぶどうの収穫時期について父親に意見したばかりだった。
今年は上陸する台風の数が多くなるだろうから・・・というアドバイスだった。
そして、それを父親が素直に聞く姿がそこにあった。
「ああ・・・、そのとおりだ。」
父親は、孝が入れた珈琲を嬉しそうに受け取りながら、小さく頷く。
自分でも納得をしているとの意思表示なのかもしれない。
(つづく)