第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その73)
「『うちは、運が良かっただけだ』って・・・、そう言ったんだ。」
父親は苦笑しながら種明かしをするように言う。
「ええっっ! 運が良かっただけって・・・。」
孝は信じられなかった。
そりゃあ、同じ自然災害に遭っても、比較的被害が少なくて済む場合もあれば壊滅的な被害を被る場合もある。
ただ、だからと言って、その差を「運が良かった」で片付けられるものではない。
ましてや、祖父の場合、事前にそうした嵐がくるであろうことを予想して、被害が出ないように、あるいは出ても軽く済むようにって、前夜から家族総出でビニールハウスを補強していたのだ。
隣接する他の果樹園が壊滅的な被害を被ったのに、祖父の果樹園が軽微な被害で済んだのは、やはりそうした事前の対策が功を奏したとしか言いようがない筈なのだ。
「お爺ちゃん、どうして本当のことを言わなかったの?」
孝が逆質問をする。
「それを傍で聞いていたお父さんも、同じことを思ったんだ。どうして、前の夜に補強作業をしたからだって言わないのかってな。
で、県の職員さん達が帰ってから、お爺ちゃんに恐る恐る訊いたんだ。
するとな・・・。」
「すると?」
「お爺ちゃん、こう言うんだ。
『前の晩に補強したって言えば、じゃあ、どうしてそんなことをしたのかって訊かれるだろ? そこまで言われると、答えに困るからだ』って・・・。
「ええっ! ど、どうして困るの?」
孝には、祖父の理論が理解できない。
「お爺ちゃんが『明日の未明は嵐になる』って思ったのはお爺ちゃんなりの経験則があったからなんだな。だけど、だからといって、お爺ちゃん、気象学や治水学を勉強した訳じゃあない。
つまりは、まったくの素人的・個人的な感覚でしかなかったってことだ。言うなれば、お爺ちゃんの勘だ。」
「・・・・・・。」
「同じ家族であるお父さんでさえ、お爺ちゃんの言葉に『本当かなぁ?』って思ったぐらいだから、もし、その時点で周辺の農家に『明日朝は嵐になりますから対策を講じられたほうが・・・』と言っても、誰も信用しなかっただろう。
第一、テレビの天気予報でさえ、『明け方には一部雨が降る地域があるでしょう』程度だったからな。」
「だ、だからって・・・。」
孝は、祖父が「運が良かっただけ」と言ったことには抵抗感が残った。
(つづく)