第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その72)
「その当時、ビニールハウスでの収穫は、年間収入の4割ほどを占めていたんだ。
だから、それを失うってことは、生活そのものを失うのと同じだった。
もちろん、当時のお父さんはそんなことを知る由もなかったんだが・・・。」
父親は、親指だけを折った状態の掌を指し示しながら言ってくる。
「ええっ! そ、そんなに?」
孝は、当時のことはもちろん、高校生となった今でも、父親達がやっている果樹園の収入構造については知らなかった。いや、知りたくもなかったというのが正直なところだろう。
だから、「そんなに?」とは言ったものの、具体的な実感は伴わない。
ただ、その当時からビニールハウスが貴重な収入源だったという事実を認識しただけである。
「それは、何もうちだけじゃあなかった。
その当時、この地区ではそれまでの稲作農家からうちのような果樹園経営に転換していた家が多くってな。どこの家も、同じようにビニールハウスでの栽培をやっていて、収益のかなりの部分をそれに頼っていたんだ。
そんなときに、その突然の嵐だ。まるで、この地区だけを台風が襲ったような状況だった。」
「・・・・・・。」
「うちは、お爺ちゃんの機転で、その前夜からビニールハウスを補強したから被害も小さくて済んだんだが、近隣の家はそんな準備をしてなかったものだから、殆どのビニールハウスが吹っ飛んでしまったんだ。
可愛そうに、その年からビニールハウスを始めた家も何軒かあってな。
そうしたところは、設備投資の借金だけが残るっていう惨憺たる有様だったらしい。」
「き、気の毒に・・・。」
孝はそう言うしかない。
テレビであちこちの災害現場の映像を見たときと同じだ。
「それで、うちの家のことが話題になったんだ。」
父親は、新たに急須からお茶を湯飲みに注ぎながら言う。
「ん?」
孝は、父親の言葉が意味するところが分からない。
「周囲がほぼ壊滅状態だったのに、うちのビニールハウスだけが元の姿を保っていたんだからな、当然、『どうしてなんだ?』ってことになる。」
「ああ・・・、そ、そうか・・・。」
「農協の人や、県の職員なんかもその点を訊きに来たんだ。特別な構造にしてあったのか?ってな。
そしたらな、お爺ちゃん、どう答えたと思う?」
「ど、どうって・・・。」
孝が答えられる筈はなかった。
(つづく)