第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その67)
「言うなれば『逆転の発想』だな。
もちろん、そのときにはそんな言葉は思いつきもしなかったんだが・・・。」
父親は当時の自分の発想をそう表現する。
「そ、・・・・・・。」
孝は、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「逆転の発想」とは、塾の数学講師がよく使う言葉だった。
物事を一方からの視点だけでみると答えが出ない。逆の視点から見てみるって事も非常に大事なんだってのがその講師の主張である。
それを思い出したから、その講師のことについて触れようとしたものの、どうしても塾の話題、つまりは勉強の話題につながるんだって思いなおして踏みとどまったのだ。
父親と勉強の話はしたくなかった。
「で、今度は、嵌りこんでいたバットの尻をほんの少しだけ押してみたんだ。
引いても駄目なら押してみようとは思ったものの、正直言って、そんなに物事がうまく運ぶものかという疑いもあったからな。」
「・・・・・・。」
「ところがだ・・・、ほんの少し押しただけなのに、そのバットが外の方向に動いたんだ。」
「えっ! う、動いたの?」
孝は信じられないような顔をした。まさか、と思っていたからだ。
「お父さん自身がびっくりした。まさか、そんなにうまく行くとは思ってなかったからな。」
「そ、それで?」
「だから、今度はもう少し強く押してみたんだ、バットの尻を。
そしたら、半分ぐらいが外に出たところまで動いたんだ。」
「よ、良かったじゃない?」
「確かに、バットが取れそうなのは良かったんだが・・・。」
「ん?」
「今度は、それによって出来た隙間から雨と風が思いっきり吹き込んでくるようになって・・・。折角着替えたティシャツの前半分がまたびしょ濡れになってたんだ。
で、改めて気がついたんだ。バットを完全に抜いてしまえば、そこには大きな穴が残ったままになるって・・・。」
「じゃ、じゃあ、どうしたの?」
「取りあえずは、何かでその穴を塞ぐようにしなくっちゃって思ってな。
そうでなければ、窓を突き破ってきた太い木の枝をバットで叩き出した意味がないって・・・。
で、お父さん、またまた自分の部屋に取って返したんだ。」
「ど、どうして?」
孝は、次に父親がどんな行動をしたのかが気になった。
(つづく)