第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その66)
「抜けなくなったバットはそのままにして、お父さん、まずは足元を何とかせねばって思ったんだ。」
父親は、テーブルの下にある自分の足を指差して言う。
「ん? 足元?」
孝は、その意味が即座には理解できなかった。
大人がよく使う「足元を固めて・・・」と混同したからだ。
「部屋に学校で使う上履きがあるのを思い出して、それを引っ張り出してきて履いたんだ。
家の中でそうした靴を履くのには抵抗もあったんだが、何しろ、割れた窓ガラスが散らばっていたからな。こうでもしなければ、さらに足の裏の傷が大きくなるって思って・・・。」
「ああ・・・、そ、それで・・・。」
孝は、父親が「足元を・・・」と言った意味を理解する。そして、その冷静さにも改めて感心する。
当時、父親は小学6年生だった筈である。
「上履きを履きつつ考えたんだ。どうしてバットは抜けないんだろうってな。」
「・・・・・・。」
「で、ふと思いついたんだ。」
「ん?」
「バットが抜けないのは、それが割れた窓ガラスかその外側にある雨戸の割れた部分に引っかかってるからだろうって・・・。
その当時は、今みたいに小学生の使うバットは金属バットじゃなく木製だったからな。
ガラスや雨戸の割れた部分に引っかかれば、当然それらが木のバットに突き刺さることになるだろうって・・・、そう思ったんだ。」
「そ、それで、どうしたの?」
「バットって、先のほうが太いだろ?」
父親は孝の質問に直接的には答えない。
「そ、それはそうだけど・・・。」
孝は、はぐらかされたように思えて、文句が言いたいのを抑えて言う。
「それなのに、お父さん、そのバットを引っ張ってたんだ。」
「んん?」
「何かに引っかかってるんだとしたら、引っ張ってばかりじゃ駄目だって気がついたんだ。
ほら、誰かの歌にあったろ。『押しても駄目なら引いてみな』って・・・。
まぁ、そのときはその逆で、『引っ張っても駄目なら・・・』だったんだが・・・。」
父親は、何かに納得をするかのように頷きながら言ってくる。
(つづく)