第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その65)
「それにしても寒かったなぁ~・・・。」
父親は、湯飲みを両手で包むようにしながら言う。
「ん? で、でも、それって、春だったんでしょう?」
孝は父親が言った「寒かった」という言葉に違和感を覚えた。確か、春休みのことだったと言ってたような気がしたからだ。
「ああ・・・、そうだ、確かに季節は春だった。
でも、その春の嵐で家の中に吹き込んできた雨は、何とも言えないほど冷たかったんだ。おまけに、お父さん、春用のパジャマを着てたんだが、そいつが雨で全身ずぶ濡れ。
まるで、パジャマを着たまま頭っからシャワーを浴びたようになってたからな。」
「ああ、な、なるほど・・・、それでか、寒かったのは・・・。」
「春の雨があんなに冷たいものだとは思ってもみなかった。」
「・・・・・・。」
「で、その場でパジャマを脱ぎ捨ててな。もちろん、上も下もだ。そして、パンツも靴下も・・・。」
「えっ! ぜ、全部脱いじゃったの?」
「着てるほうが寒いんだ。身体に濡れたパジャマが張り付いてな、そいつが体温を奪っていくんだな。だから、脱いでしまったほうが温かいんだ。」
「だ、だからって・・・。」
「もちろん、代わりの服を着ようとしたさ。でも箪笥の引き出しから服を探す余裕もなくって、取りあえずはその前日に着てたティシャツと半ズボンを着たんだ。寝るときに枕元に放り出したままにしてたからな。
でも、パンツと靴下はなかった・・・。」
父親は、どうしてか、そこでくすっと笑った。
「で、また、階段のところへと戻ったんだ。
最初にしたことが、めり込んだままで止まってしまったバットを抜くことだった。
ところがだ・・・。」
「ん?」
「これがまた抜けなくなってたんだ。」
「ええっ!」
「勢いよく太い枝を叩き出せたのは良かったんだが、どこでどうなっているのか、今度はバットが抜けなくなった・・・。
「そ、そんなぁ~・・・。」
「でも、不思議なものでな。お父さん、そうと分かっても、今度は左程うろたえなかった。ひとつのこと、つまりは、窓に飛び込んできた太い木の枝を自分ひとりで叩き出したっていう自信のようなものがあったんだろうな。」
「だ、だからって・・・。」
孝は、そうした場面で落ち着いていられた父親を眩しく思う。
(つづく)