第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その64)
「何でもやってみるもんだなぁ~・・・。そんな非力な小学生の力でも、そうして何度も何度もぶっ叩いていると、少しずつ、ほんの少しずつだが、食い込んでいた太い枝が向こう側へと押し出されているような気がしてきたんだ。
それが、そのことがお父さんに勇気を与えてくれた。で、なお一層、力を入れてバットを振り下ろし続けたんだ。『こんちくしょう! こんちくしょう!』ってな・・・。
それから、どれぐらいの時間が経ったのか・・・。少なくとも10分以上は叩き続けていたような気はするんだが、本当のところは僅か1~2分のことだったのかも知れん。もう、今となってははっきりとした記憶はないんだが・・・。
突然、そう、まったく何の前触れもなくだ、お父さんが振り下ろしたバットが『コーン』って音を立てたんだ。それまでは何度叩いても『ドスン、ドスン』っていう鈍い音しかしてなかったのにだ。」
父親は、両手を叩くようにして、その音の違いを演出してみせる。
「ん?」
孝は、言葉ではなく、その表情でその先を求める。
「するとな、それまでは跳ね返ってきていたバットの先が、気がついたら窓の中に突き刺さってたんだ。」
「んん? そ、それって、どういうこと?」
「今言ったとおりだ。お父さんが振り下ろしたバットが、窓とその外側の雨戸の割れた部分にズボッて嵌りこんでたんだ。」
「木の枝は?」
「なくなってた。きっと、窓の外へ落ちたんだろう。」
「や、やったじゃない!?」
孝は思わず小さなガッツポーズをしてみせる。父親への賞賛の気持ちがあった。
「でもな、それが分かったとき、お父さん、その場にへたり込んでしまったんだ。
『やった!』って気持ちがあったのに、どうしてか、もうどうにも身体に力が入らなかったんだ。で、立ってられなくなって・・・。」
「そ、それで?」
「しばらくは、そのまま呆然としていたんじゃなかったのかな? きっと、そうだろうと思う。
で、次に気がついたのは、寒さに加えて、足の裏からズキズキとした痛みが両足を這い上がってきたからだ。」
「ああ・・・、怪我してたんだよね・・・。」
「それでも、その傷をどうしようかなんて思わなかったんだ。
大きな枝は叩き出したけれど、依然として割れた窓からは雨と風がひっきりなしに吹き込んできてたからな。
こいつを何とかしなくっては・・・ってそう思ったんだ。」
父親は、そう言って湯飲みを口に運んだ。
(つづく)