第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その63)
「あの時、今のように携帯電話があれば、お父さん、迷わずお爺ちゃんに電話をしていただろう。もう、とても自分の手には負えないって思ったからな。それだけ心細かったんだ。
どうしたらいいのか、どうすればこの状態を止められるのか、それがまったく考えられなかった。
今だから言えることだが、その時、お父さん、泣いてたんだ。」
父親は、搾り出すようにして最後の一言を口にした。
「・・・・・・。」
孝は何も言えなかった。
父親は、そのときは泣いたと告白をしてくれたが、それを笑うほど子供ではない。
さりとて、頑張ったんだねとも言えない。
「どうして泣いているのか。そのときは、自分でもよく分からなかった。
確かに恐怖心もあった。嫌いな雷が鳴り続けていたしな。
たったひとりでいることに心細さを覚えてもいた。留守番せずに、お爺ちゃんについて果樹園に行けば良かったっていう後悔もあった。
でも、こうして後になって冷静に考えると、自分ではどうすることも出来ないっていう現実に、子供心ではあっても何とも言えない悔しさ・情けなさがあったんだろうと思う。
その悔しさ・情けなさに泣けてきたってのがそのときのお父さんの本音だったような気がするんだ。」
「・・・・・・。」
「でもな・・・。人間には、火事場の馬鹿力ってのが備わってるんだってことを、そのとき初めて実感したんだ。」
「ん? ・・・。」
孝も、「火事場の馬鹿力」って言葉は知っていた。
「一時、思い切り声を上げて泣いたら、今度は自分を叱咤激励するもうひとりの自分がいることに気がついたんだ。『このままじゃあいかん! このままで良いわけがない!』ってな。
で、お父さん、ふと閃いたんだ。そうだ、素手で出来なけりゃ道具を使えば・・・って。
で、部屋にバットを取りに走った。」
「ん? バットって、あの野球の?」
「ああ、欲しいって言った訳じゃあなかったのに、お爺ちゃんが買って来てくれたものだった。運動をしなかったお父さんに、野球ぐらいはしろよなって意味があったのかも知れん。
で、そのバットで、窓に突き刺さっていた枝を思いっきりぶっ叩いたんだ。
そう、何度も何度もな・・・。」
父親は、そう言って、バットを振る仕草をする。
(つづく)