続き第四話『銀の扉の前で、言葉はまだ壊れていない』
放課後の教室は、妙に静かだった。
部活動の声は遠く、廊下を走る音もない。
まるでこの空間だけが切り離されたみたいに。
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窓際の席で、少女は空を見ていた。
青い空。
雲が流れている。
普通の、どこにでもある景色。
――のはずだった。
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「……またか」
少女は小さく呟く。
空が「ズレている」。
一枚じゃない。
重なっている。
微妙に異なる“空”が、何層も重なり合っている。
時間の違う空。
色の違う空。
存在していないはずの空。
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瞬きをすると、元に戻る。
だが、完全には戻らない。
“見えてしまった記憶”だけが残る。
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「慣れてきた?」
後ろから声。
振り向くと、綾瀬真白が立っていた。
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「……慣れるもんじゃないだろ、これ」
「でも、もう戻れないよ」
あっさりと言う。
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真白は隣の席に腰掛ける。
その動作すら、どこか“同期していない”。
ほんのわずかにズレている。
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「三話の続き、する?」
「……ああ」
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真白は黒板を指差す。
チョークは使っていないのに、
そこに「線」が現れる。
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一本の線。
そこから枝分かれ。
さらに分岐。
無限に広がる。
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「これが“樹”」
「宇宙の構造、じゃない」
「宇宙そのもの」
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「……じゃあ俺たちは?」
「枝の一つ」
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その瞬間、教室が“分岐”した。
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複数の教室が同時に存在する。
誰もいない教室。
崩壊した教室。
黒板に意味不明な文字が浮かぶ教室。
そして――
何も存在しない教室。
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「……今のは」
「枝のズレ」
「他の分岐が一瞬見えただけ」
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窓の外を見る。
空が消えていた。
代わりにあったのは、“海”。
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「それが“真海”」
「深さに応じて、意味が消える」
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「さらに下がある」
「真深海」
「真深深海」
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「そこでは、“存在”という言葉が壊れる」
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そのとき。
足元に、銀色の“扉”が現れる。
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「銀の扉」
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「開けないで」
「開けた瞬間、“理解”そのものが崩れる」
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だが、零は手を伸ばす。
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触れた瞬間、扉がわずかに開く。
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そこから溢れ出したのは、
無数の「文字」。
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意味を持つ文章。
意味を持たない文章。
存在しない言語。
構造だけの文字列。
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「それ、“偽書”の層に繋がってる」
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零は一文を見る。
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『この宇宙は誤字である』
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次の瞬間、その文章は崩壊する。
否定される。
再構築される。
消える。
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「それでも浅い」
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真白の声が遠くなる。
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扉の奥には、
さらに無限の扉。
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そして、
その先に“何か”がいる。
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それは神ではない。
神という概念すら、そこで遅れる。
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零の意識が沈む。
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最後に理解したのは、一つ。
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「名前がある限り、到達できない」
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.........あなたは違和感に気付けましたか?




