クリスマスのあとに(2)
特にハプニングもなくクリスマスパーティーを終えたマイは、家に帰るとすぐ料理疲れで眠ってしまった。すでに休みに入っているということもあり、昼過ぎに目を覚ましたマイがユウとの約束を思い出したのは十二月二十六日の夜になってからのことだった。
(ああ、忘れてた)
クリスマスパーティーでの食事は好評で、ケーキを含めて全てがなくなった。余りは出なかったのだがユウとの約束を果たしたかったので、一からケーキを作ることにしたマイは慌てて階下へ行き、冷蔵庫を開ける。しかし冷蔵庫にあったのは卵くらいで、生クリームやフルーツの類は何も置いていなかった。
「おかーさーん」
すでに夕食も済んでいるような時間帯だったため、母親はリビングでテレビを見ていた。振り向いた母親の傍へ寄ったマイは急いて言葉を次ぐ。
「卵使っていい? それと、お金ちょうだい」
「何に使うのよ?」
娘からの唐突な申し出に、母親はひどく胡散臭そうな表情になった。しかしマイが手短に事情を説明すると、彼女は急にしたり顔になる。
「いいわよ。じゃあ、卵も買ってきて」
母親から三千円を渡されたマイは気味が悪く思いながら首を捻った。
「何で笑ってるの?」
「いいから、気をつけて行ってくるのよ」
母親に軽くあしらわれたマイは疑問を残しながらもリビングを後にした。スーパーが閉まるまで三十分という時間だったので、マイはコートを着込んで慌しく家を出る。閉店間際に買い物を済ませたマイはホッとして、少しのんびりとした歩調で冬の家路を辿った。
(寒いなぁ。お風呂入りたい)
急ぎすぎたせいで行きにかいた汗はすでに冷えていて、吐き出す息は白く空に上っていく。こんな寒さでは、ユウはもう布団にくるまっているだろう。どうせ届けるのは明日なので、風呂で体を温めてからケーキ作りを開始しようと思ったマイは手袋を忘れたむき出しの手に息を吹きかけた。
(あれ?)
住宅街の角を曲がったところでふと、マイは同じ方向に向かっている人影に目を留めた。茶色のダッフルコートを着込んだ背中は、知っている人物のような気がする。歩調を速めたマイは追い抜きざまにさりげなくダッフルコートの人物の顔を確認し、足を止めた。
「やっぱり。ユウじゃん」
「マイ? こんな時間に何してんの?」
突然声をかけられたことで驚いた様子を見せたユウは足を止めると、まじまじとマイを見た。マイはスーパーの袋を持ち上げて買い出しであることを示し、逆に問う。
「ユウこそ何してんの?」
マイに問われたユウは無言で小脇に抱えていた物を差し出した。本屋の包装を見たマイは納得して頷く。その後、二人はどちらからともなく歩き出した。
「何買ったの?」
ユウに問われたマイは決まりが悪くて、すぐには口を開けなかった。そんなマイの態度が不可解に映ったようで、ユウは首を傾げる。
「言いたくないならいいよ」
マイの沈黙をどう受け取ったのかは分からないが、ユウは配慮を示してくれた。しかしマイは、ユウに対して変に気を遣いたくなかったし気を遣われたくもなかった。なので、マイは正直に買物の内容を白状する。
「ケーキの材料」
「ふうん?」
「ユウとの約束、すっかり忘れてたから」
買物の意図をそこまで明かすと、ユウは眉根を寄せて足を止めてしまった。つられて立ち止まったマイはユウの突然の行動を不可解に思いながら振り返る。
「何? どうしたの?」
「それって、もしかして俺がケーキ持ってきてって言ったから?」
「うん。余らなかったから作ろうかと思って」
もともと料理をするのは好きなのでマイ自身は手間とも思っていなかったのだが、それを聞いたユウは深々とため息をつく。本を小脇に抱えなおしたユウはその後、マイに向かって空いている方の手を差し出してきた。
「荷物」
「うん?」
「持つから。かして」
「え、何で?」
「悪いから」
マイが煮え切らないでいるとユウは強引にスーパーの袋を取り上げた。中に卵が入っているので、マイは焦ってユウにその旨を告げる。するとユウは少しばつが悪そうな表情を見せたが、すぐに真顔に戻って頷いた。スーパーの袋を手にした後、ユウは黙々と歩を進めている。その横顔が怒っているように感じられて、マイは恐る恐る口火を切った。
「余計なことだった?」
ひとたび口にしてしまうと、クリスマスを過ぎたケーキが急に押し付けがましいもののように思えてきた。ユウと顔を合わせるのが気まずく感じられたため、マイは問いかけておきながら目を伏せる。しかしユウから返ってきたのはいつもの、淡白な短い返答だった。
「食べたいから。作って」
「あ、そ、そう?」
「うん。マイの料理は、美味い」
ユウがマイの料理の腕を知っているのは、夏休みにマイの両親とユウの両親が揃って旅行へ行ってしまったことがあったからだった。その時、マイがユウの分の食事も作ったのである。ストレートに料理の腕を褒められたマイは嬉しくなってしまい、気の抜けた笑みを浮かべた。マイのへらっとした表情を一瞥したユウは照れたようにそっぽを向きながら言葉を重ねる。
「俺、一回ケーキのホール食いしてみたかったから」
嬉しいと、ユウは口の中で呟いた。もごもごとした小声ではあったものの、ユウの発言を言葉として聞き取ったマイは小さく吹き出す。
「うん。明日、持って行くよ」
ユウに触れたい衝動に駆られたマイはダッフルコートの背中を叩いてから歩き出した。少し前のめりになったユウは顔をしかめていたが、そのうちにスーパーの袋を持ち直して歩き出す。十二月の凍てつく夜空には月が浮かんでいて、二人の帰り道を街灯よりも明るく照らしていた。




