太陽のにおい(4)
夏の夜は寝苦しいので、マイは夏になると冷房をタイマーにかけて寝ていた。しかし夕食後にユウから話を聞いた夜、マイは今季初めて、冷房を消して眠りに就いてみた。日中の太陽を存分に浴びたフカフカの布団に転がり、翌日の晴天を思い浮かべながら眠りにつく。それはマイにとって初めての、とても幸せな体験だった。
(あ~、これはハマるわ)
寝汗をびっしょりとかいたため、朝一番で冷たいシャワーを浴びたマイはよく冷えた麦茶を片手に縁側に座り込んでいた。午前中の風はまだ幾分涼しくて、自然乾燥させている髪を撫でるように乾かしていく。この髪が乾く頃には掃除やら洗濯やらで再び汗に濡れそうだが、その時はまたシャワーを浴びればいいのだ。そう思えば、じりじりと強さを増している夏の日差しすら心地好く思えた。
(ユウ、まだ寝てるかな?)
今日の午後には伊豆旅行に出掛けている両家の両親が揃って帰宅する。そうなれば次にユウの寝顔を拝めるのは長期休暇明けだ。その前にもう一度だけユウの寝顔を見ておこうと、マイはこっそり家を抜け出した。隣の隣へ行くだけなので着替えもせず、タオルも頭に巻いたまま小笠原家に進入する。二階の私室が空だったのでリビングを覗いてみると、しかしユウはすでに起き出していた。
「……どんなカッコ?」
よれよれのTシャツにハーフパンツという、完全に部屋着スタイルのマイを見てユウは呆れ顔でツッコミを入れてきた。頭に巻いたタオルだけ回収しながら、マイは小さく舌打ちをする。
「起きてるし」
「何が?」
ユウが怪訝そうに問いかけてきたがマイは答えず、小笠原家のリビングでソファーに腰を落ち着けた。マイがすぐ隣に座ったことで、ユウは警戒するように少し身を引く。しかしマイはユウの後退を許さず、彼の腕を取るとニヤリと笑いながら顔を近づけた。
「ユウ、眠くない?」
「……眠くない」
「無理しないで、寝ていいよ」
「やめろよ」
「いいから。寝なさい」
ユウの腕を引いて強引にソファーに横たわらせたものの、本当に眠くないのか彼は目を閉じない。迷惑そうな目はしっかりとマイの姿を捉えたままで、ユウの顔を覗き込んでいるマイは首を傾げた。
「あれ? ホントに眠くないの?」
「だから……」
起きたばかりなのだと、ユウは至極迷惑そうな口調で明かした。それでも諦めのつかなかったマイは、ユウの視界を強引に奪う。
「大丈夫、ユウなら起きたばっかでも寝れるよ」
「何がしたいんだよ」
「いいからいいから。目、閉じて」
冗談で子守唄を歌っていると、そのうちにユウから反応が返ってこなくなった。ユウの視界を奪っていた手を退けてみると、彼はいつの間にか瞼を下ろしている。しかも目を閉じているユウからは、微かに規則正しい寝息が聞こえてきていた。
(ホントに寝ちゃったよ)
まさか本当に眠ってしまうとは思っていなかったため、マイはユウの寝つきの良さに呆れてしまった。しかし本来の目的は達成することができたため、ソファーの下に移動したマイは存分にユウの寝顔を堪能する。
(かわいい)
ユウの幸せそうな寝顔を見ていたら自分も眠くなってしまい、マイはちょうどいい高さのソファーを土台にして腕枕に顔を埋めた。窓が全開になっている小笠原家のリビングは風通しがよく、吹き抜ける夏の風が少し汗ばんだ体に心地好い。本気で寝入ってしまったマイとユウはその後、帰宅したユウの両親に発見されるまで目を覚ますことはなかった。




