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Loose Knot  作者: sadaka
中学編
15/17

本当のところは(2)

――オレも詳しいことは知らないけど、小笠原が松丸にフラれたって噂が流れてるんだよ


 久本からそういった情報を入手したマイは家に帰ってからも頭を悩ませていた。

 小笠原ユウは、マイの家の隣の隣に住むクラスメートである。惰眠を貪ることが趣味であまり社交的ではないユウは、バレンタインデーに松丸という女の子からチョコレートをもらった。マイたちと同学年の松丸は校内でも一、二を争う美少女なのだが、ユウは彼女があげたチョコレートが本命だと気付いていなかった。しかし律儀にも、ユウはホワイトデーに手作りクッキーを返したのである。

 先述の内容からも分かるように、松丸の方がユウに好意を寄せていたのだ。それが何故、ホワイトデーが終わってみれば『ユウが松丸にフラれた』という事態になっているのか。マイには理解に苦しむ噂だった。

 ホワイトデーの後、ユウの様子は確かにおかしかった。その時のことを思い出したマイは気を揉んだが、今は別のことにも気を回さなければならない。あまり気は進まなかったが、マイは貴美子に電話をかけた。

「あ、キミちゃん? 今、平気?」

『うん。大丈夫』

 電話口での決まり文句を口にした後、マイも貴美子も黙り込んでしまった。お互いにどうやって話を切り出そうかと沈黙している間に耐えかねたマイは、小さく息を吐いてから口火を切る。

「久本に聞いてきたよ」

『……うん。久本くん、彼女いるって?』

 やはり貴美子も、久本には彼女がいるだろうと思っていたのだ。そう思ったが、マイは言葉にはしなかった。これから貴美子が想像もしていないようなことを言わなければならないマイはベッドに転がり、片腕で目の上を覆いながら言葉を次ぐ。

「ごめん、キミちゃん」

『えっ? 何が?』

「久本にバレちゃった」

 マイがそう告げた途端、電話口でも分かるほど不穏な空気が漂った。貴美子が驚愕を通り越して少し怒っていることを察したマイは慌てて補足する。

「バレたって言っても、キミちゃんだってことは知らないよ。ただ、その、私の友達の中に久本のこと好きな子がいるって分かっちゃっただけで……」

『……どういうこと?』

 貴美子が眉根を寄せる顔が見えたような気がしたマイはため息をつきながら顛末を説明した。マイの話をどう受け止めたかは分からないが、貴美子は再び黙り込む。マイはもう一度ため息を吐き、話を続けた。

「久本、実はそうとうモテてるよ。告白慣れしてたもん」

『……そう、なんだ』

 貴美子の零した独白には複雑な胸中が滲み出ていた。これが例え彼氏であったとしても、モテすぎれば心配になるだろう。まして、貴美子にとって久本は片思いの相手なのである。相手が選り好みできるような立場ではいつ彼女ができてもおかしくない。貴美子としては気が気ではないだろう。そういった複雑な気持ちは理解できるのだが、マイには貴美子の本音がぼやけて見えていた。

「ねぇ、キミちゃん。久本のこと、そうとう好き?」

『えっ……』

「彼女いないって分かったら告白できちゃうくらい、好き?」

 貴美子は答えなかった。彼女の返答次第では久本に言われたことを話さないでおこうと思ったマイは黙って、貴美子からの言葉を待つ。しばらくの沈黙の後、貴美子が小さく息を吐く音が聞こえてきた。

『一年生の冬にね、河原の公園で久本くんを見かけたの』

「うん」

『その時は同じ学校の人だって知らなかったんだけど、一人でサッカーの練習をしてたの』

 貴美子が練習をしている久本を見かけたのは、昼過ぎのことだった。しかし貴美子が用事を済ませて帰路を辿っていた夕暮れにも、久本は同じ場所にいたのである。彼は一人で黙々と、サッカーの練習を続けていた。

『すごいなって思った。きっとあの人は、すごくサッカーが好きなんだろうなって思ったの』

 貴美子の話を聞いていたマイは不意に、友人の朝香が言っていたことを思い出した。

(なるほどねぇ。頑張ってるところ、かぁ)

 影で努力をしている姿は、マイの知らない久本である。マイはようやく貴美子が久本を好きなった理由に納得がいき、悟られないよう密かに頷いた。貴美子の話は続く。

『何となく見てたら久本くんが弾いたボールが転がってきて、少しだけ話をしたの。その人が久本くんなんだって知ったのは、二年生の夏だった』

「何で分かったの?」

『渡部くん、サッカー部でしょう? 朝香に付き合って試合を見に行ったの』

 渡部というのは、朝香がバレンタインデーに告白をして玉砕してしまった彼である。色々なことが腑に落ちたマイは再び納得しながら口を開いた。

「それで、久本が同じ学校の人だったって分かったんだ?」

『うん。試合、負けちゃって。朝香が渡部くんを慰めてくるって言うから、一人で待ってたの。そしたら偶然、久本くんが泣いてるの見ちゃって』

「久本が泣いてた!?」

 久本にはふてぶてしいイメージしかなかったマイは驚きのあまり声を張り上げた。貴美子が黙り込んでしまったのでマイは慌てて謝罪する。

「ごめんごめん。ビックリしちゃって」

『うん、私もビックリしたよ。男の子が泣くのって初めて見たから』

「久本が泣くって想像つかないなぁ」

『たぶん、すごく悔しかったんだと思う。試合中の久本くん、頑張ってたから』

「なるほどねぇ……それで、好きだって気付いちゃった?」

 電話口の向こうで貴美子が頷いたので、マイは一度話を途切れさせた。そのあと少し間を置いて、マイの方から改めて口火を切る。

「キミちゃん、今私に話してくれたことを久本にちゃんと言って、告白した方がいいよ」

『でも……私のこと覚えてないだろうし、あんまり話したこともない人から好きだって言われても困らない?』

「あー、相手が久本だったらそういうことは気にしなくて大丈夫そうだよ」

 マイはベッドの上で寝返りをうってから久本の意向を伝えた。久本の方から告白してこいと言っていると聞いた貴美子は困惑気味な声になる。

『どうしたらそういう話になるの』

「キミちゃん、変なやつを好きになっちゃったねぇ」

 マイは苦笑したが貴美子は黙り込んでしまった。電話口からでも明らかな動揺が伝わってきたので、マイは貴美子をせっつくために言葉を続ける。

「今、好きな人もいないって。だからどうなるかは告白してみなきゃ分かんないって、久本言ってたよ」

『…………』

「もうさ、ここまできちゃったら告白してスッキリした方がいいって。久本の方からそんなこと言い出すくらいだもん、まったくその気がないわけでもないかもしれないじゃん」

『そんな……』

「キミちゃんが嫌だって言ったらこの話は忘れろって言ってあるから。そのへんは安心していいよ」

 マイにごり押しされた貴美子は小さな声で、「考えさせて」とだけ呟いたのだった。

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