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Loose Knot  作者: sadaka
中学編
13/17

ホワイトデーの動機(4)

 夕食を終えてリビングでテレビを見ていたら貴美子から電話がかかってきたので、マイは携帯電話を片手に二階にある自室へと引き上げた。自室の扉を閉ざした後はベッドに転がって、マイは通話を開始する。

『今、大丈夫?』

「うん、平気。朝香から何か聞いた?」

 すでに用件を察していたマイは貴美子の声音を窺いながら慎重に問いかけた。貴美子からは肯定が返ってきたので、マイは小さく息を吐く。

「知らなかったよ、キミちゃんの好きな人が久本だったなんて」

『私もマイちゃんが久本くんと知り合いだって知らなかったから。隠してたわけじゃないんだけど、言わなくてごめんね』

「ううん、気にしないで。それより、久本に彼女いるか確認する?」

 マイが単刀直入に尋ねると貴美子は黙ってしまった。電話越しでも迷っているような気配が感じられたので、マイの方から話を進めていく。

「バレンタインの時も迷ってたみたいだけど、告白とか考えてたりしないの?」

『久本くん、部活忙しそうだし。それに、もうすぐ三年生になるでしょ? 言うチャンス逃しちゃったかなって思ってる』

 貴美子の返事を聞き、マイの頭には受験の二文字がチラついた。加えて運動部に所属する者にとって三年生の夏は、中学生活最後の大会があるのだ。確かに、恋愛をしている暇はないかもしれない。

「だったらさ、やっぱり久本に彼女いるか聞いてくるよ。こんなこと言うのもアレだけど、もし彼女いたらキミちゃんも諦めつくかもしれないし」

『……そうだね。じゃあ、お願いしようかな』

「うん、わかった」

 貴美子に頷き返しながらマイは体を起こした。インターホンが鳴り、階下から母親の呼ぶ声が聞こえてきたからである。

「ごめん、誰か来たみたい」

『あ、うん。じゃあ、また学校で』

「うん、またね」

 通話を打ち切ったマイは携帯電話をベッドに放り投げ、自室を出て階下に向かった。階段を下りている途中でユウの姿を目にしたマイは驚きながら傍へ寄る。

「どうしたの? こんな時間に」

 マイが問うとユウは不服そうな表情で答えた。

「アイス、食わせてくれるって言ったじゃん」

「あ、忘れてた」

 貴美子のことで頭が一杯だったマイはユウとの約束を完全に忘れていた。侘びを入れてもユウはまだ不満そうにしていたが、マイは文句を言われないうちに上がるよう促す。先に二階へ行っているようユウに言い置いてから、マイはシャーベットを取りに台所へと向かった。

「上にユウがいるから。これ食べさせたら帰す」

 時刻が八時を回っていたので、マイは一応、リビングにいる母親に断りを入れた。母親はマイが手にしているシャーベットを一瞥した後、小言を言うどころか笑みを浮かべて見せる。

「そんなに急かしたらユウちゃんが可哀想でしょ? ゆっくりしていけばいいのよ」

「……あのね、明日も学校だから」

 相手がユウだと途端に甘くなる母親を軽くねめつけ、マイはリビングを後にした。自室へ戻ってユウにシャーベットの盛られた皿を渡し、マイはベッドに腰を下ろす。まだアイスを楽しむには寒い時期だったので、マイは暖房のスイッチを入れてから改めてユウを見た。

「松丸さん、喜んでくれた?」

 マイにとっては自然な流れで口を突いて出た言葉だったのだが、ユウはふっと顔を曇らせる。ユウがそうした表情を見せることは珍しく、マイは驚いた。

(な、何かあったのかな?)

 そうは思ったものの、ユウからは質問を拒絶するオーラが発せられていたため、マイは仕方なく沈黙を保つ。会話が途絶え、室内にはシャーベットを崩すシャリシャリという音だけが小さく響いていた。

(うわぁ……何、この空気)

 自分の部屋にいるのにどうして気詰まりを覚えなければならないのかと、マイは渋い表情をした。沈黙に耐えられなかったマイが別の話題を探していると、ユウが不意に口火を切る。

「久本と仲良かったんだ?」

 ユウが唐突に妙なことを言い出したので、マイは首を傾げながら話に応じた。

「そんなに仲が良いってわけじゃないよ?」

「でも、何かもらったんじゃないの?」

「そう! 聞いてよ!」

 ユウの一言で久本の仕打ちを思い出したマイは憤慨した。マイが突然声を張り上げたのでユウはビックリしたように目を瞬かせる。しかしマイはユウの様子などお構いなしに久本から受けた嫌がらせの内容を切々と語った。ユウはポカンとしながら聞いていたが、マイの話が一段落したところで眉根を寄せて言葉を紡ぐ。

「アメ、どのくらいあったんだ?」

「うーん、二十個くらいはあったかな?」

「……運、悪すぎ」

 呟いた後、ユウは笑い出した。それまでの気まずい空気が払拭されたので、マイは「まあいいか」と思いながら苦笑する。だが微妙な違和感を覚え、マイはユウに話しかけた。

「ユウは久本のこと知ってたの?」

「うん。一年の時、久本に勧誘されてたから」

「は? ユウをサッカー部に、ってこと?」

「そう」

 ユウは何でもないことのように頷いたが、彼がサッカーをしている場面をどうしても想像出来なかったマイは吹き出した。

「うわー、似合わない。ユウが運動してる姿なんて想像つかないよ」

「週二回、体育でやってるから」

「もしかして、ユウって運動神経いいの?」

「さあ?」

「よし、次の体育の時はユウを見てよう」

「……やめろよ」

 心底嫌そうな顔をして、ユウは身を引いた。いつの間にかユウの態度がいつも通りになっていたので、マイは内心で安堵する。

(あっちもこっちも明るくないなぁ)

 人知れずため息をついたマイはそう思うのと同時に、周囲がバレンタインデーやホワイトデーで盛り上がっているのに一人だけ取り残されていることに若干の寂しさを感じて小さく肩を竦めた。

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