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第九話 任務完了

「やはり忍ばせていたか、よっと」


 倒れた蛇男の腹の底からから吐き出された。それはおそらく、解毒薬。


 大地は拾った目薬ほどの容器の小さな蓋を開け、地にその雫を垂らしてみる。すると、その地にあった淀んだ色の水たまりから粘ついた毒気が澄み渡り失せていくのが分かった。


 やはり解毒薬に間違いはない。


「脅すためか、保険のためか……まぁ知ったこっちゃないか」


 今指に摘み見透かした目薬と思われた容器には、透明な天使の羽の柄が光に反射し映し出されていた。


 敵の思惑など今はどうでもいい。良いアイテムを拾い手に入れた大地はさっそくまずは、地に寝転がる古林綾女へとその解毒薬を飲ませた。


 小さく呻く古林の口を開かせ、藍色の雫を垂らす。落ち着き出した彼女の顔を見下げて、大地は古林の近くを離れた。


「さてと──なんでこれっぽっちしかねぇのか、気の利かねぇ敵だな。当たり前か」


 透明な天使の容器の雫は、わずか二滴垂らしただけでその底を突いた。敵の隠し持っていたアイテムに少し愚痴を吐くも、大地はすぐにもう一人の仲間の元へと向かった。


「蛇の毒はしつこいか。敵は三技の使い手じゃあなさそうだが……毒と言ったらおそらく冥力を固めた(しつ)に近い属性だな? ん──?」


 壁に磔にされ眠っていた藤色髪の姫が、その伏せた瞼の睫毛をゆっくりと起こしていく。


 起きてくるとは思わなかった大地は驚くも、藤色髪の彼女はそのまま乾いた口を開き、弱々しい言葉を発した。


「あな……の……名は……」


 夜翠の目の前にぼやり映るのは、知らぬ黒髪の男の姿。その精悍かつ整った面立ちの謎の忍びに、彼女は今にも消え入りそうな意識の中問いかける。


「俺は……大也(だいや)。よく耐えた、そのままもう、目ェ閉じて休んでろ」


 一歩、一歩、前へとその黒髪の王子が、ぼやけチカチカする彼女の視界の中へと近づいていく。


 そして、とても近くで右にすれ違い居なくなった。


「ダイ……ヤ……さぁっ……」


 いや、確かにそこにいる。重い瞼の暗幕が下りた、暗がりの意識の中で、ひりついた首元の傷に吸い付く感覚がある。


 彼女の体を蝕んでいた痺れるような毒気が吸い出されていく。


 じわじわと温かく、忍びの身に宿る冥力、そして体温をその誰かと分かち合うようにし、さっぱりと流れ失せていく……。


 やがて鉄の枷が外れる、弛緩した夜翠の体が前に倒れ込むように解放され、彼の腕に抱かれ持ち上げられた。


 とても逞しいそんな揺籠の中で、藤林夜翠はその長い睫毛を下げ、緑の目を閉じつつ……穏やかな眠りについた────。















 『ヒュルルルル──』鏑矢(かぶらや)とも違うおかしな風の音が鳴っている。


 この地下道のどこかに鳴るその音をキャッチした大地は、波立つ特別な足音を一つ、右足で地に刻み合図を返した。


 すると──ほっそりと萎んだ青い風船が一つ、部屋の入口から宙をぷかぷかと漂い現れ、やがてそれが地に落ちた。


 その後に遅れてやって来たのは一人の黒い影。全身黒でコーディネートされた潜入任務中のサザ先生、大地が藤林夜間学校で幾度か会ったことのある彼女の姿であった。


「遅かったな。なんで応援に来ねぇ」


 大地は開幕早々、牙の間へと駆けつけたサザ先生に冷たい一声を浴びせるも──。


「そちらの指示どおり外の鎮圧を優先し遂行した」


 地に静かに息を立てて寝ている藤林夜翠、古林綾女の安否をちらりと確認した。そして視線を正面に戻したサザ先生は至って冷静に、その黒髪細身の男に対してお言葉をお返しした。


「そいやそうだったか? そりゃうっかり」


 大地は首を傾げとぼけつつも、そのようなメッセージを届けたことを思い出す。


 彼女のベレー帽の中から今出てきた一匹の青い蛙は、大地が土門美沙宛てに届けた自分の所有する子口であることは間違いない。


 どうやらどちらも大地の思惑以上に上手く外で連携し、敵の殲滅の為に動いてくれていたようだ。


「その敵は」


 サザ先生がまた淡々とした口調で問うた。倒れていた尾神牙なる者の敵情報が気になる様子だ。


「さぁな、だが中忍レベルはあったかな。執念はそれ以上か」


 中忍レベルの抜け忍、そう大地は戦った感想を述べた。


 敵の強さを把握したサザ先生は、彼の提供する情報はなんであれ良かったのか、また事務的な様子で問いかけを続けた。


「なるほど。お怪我は」


「俺の方は大丈夫だ。そいつらも応急処置で敵の忍びの毒は抜けたとは思うが。──まっ、今回は楽に勝てたぜ。こいつのおかげで、そらよっ」


 続く確認事項の途中で突然、黒髪の男が手に隠し握っていた何かをトスし、対面に立っていたサザ先生へとそれを投げ渡した。


 サザ先生が手にしたそれは、まだ僅かな冥力のこもる一片の白い骨だった。


(亜水骨。藤林家本家に代々伝わる優秀な魔妖の忍具の一つ。水の印を持つ藤林夜鈴校長、その妹の藤林夜翠もまたその使い手に選ばれし者……そして今の彼はおそらく──)


 荷を抱えたサザ先生が忍具、亜水骨へと気を逸らしていたところ──。


「ン──?」


「気が利くってことは敵じゃねぇな。おっ、まだあったけぇな? ははっ、ごちそうさま」


 サザ先生が抱えていた「ときめき」と朱色で書かれた謎の包みから、その中にあったコロッケを一つ、いつの間にやら大地はかっぱらっていった。


「──ふっ」


 腹の足しのコロッケにまだ温もりが残るのは、仕事の早い良い忍者の証拠。


 そよ風のようにクスっと微笑った黒い女忍者に、背を見せながら手を振り彼は去っていく。



 中忍サザの目に映るその背姿はまさに、百の任務をこなした忍び、〝百鬼の大也〟。


 忍界に颯爽と現れた新時代の原石であり、その若さで忍びの三技【冥漆剥】を習得した類稀なる才能を持つ者。



 「ときめき」のコロッケはまだ温かい。サザは、一つ、消え入る彼の背を見つめながらそれを齧った。













「すまん帰り道どっちだ!! あとコロッケもう一つくれ!!」


 そう叫び部屋へと戻って来た、少し肥えた姿の彼にサザ先生は風船とコロッケを一つ無言で手渡した。


「ありがとな! いやもう腹減って迷路の途中で死にかねねぇからな? ははは、じゃな! あとは任せた!!」


 百地大地は先ほどより地を響かせる足音で去っていく。


 騒々しさの失せていく地下室でまた、サザは手持つ少し冷めたコロッケを静かに齧った。








▼▼▼

▽▽▽








 午後7時27分、藤林夜間忍者学校にて──。


 蛇腹市での遠征任務を終えて、呼び出された校長室へと赴いた百地大地は、藤林夜鈴に今回完遂した任務における一応の報告をしたが……。


「それで今回の任務色々あったわけですが、ま、確認っつうか、どこまで把握していたのかを夜鈴校長に……って鈴ねぇ?」


「百地大地、私は今怒っている……。気合いを入れて出直して来い」


「……」


 黒革の椅子に掛け、机に両肘を置き腕の三角を築いた。おでこに手指を当てたその集中したポーズで静かに黙っていた夜鈴校長は、そう太った彼に告げた。









 それから45分後──。夜鈴校長の言いつけ通りに気合いを入れ身までも引き締まった百地大地の姿が、校長室へと再び現れた。


「違法薬物の喜怒藍蛇、繁華街地下道の蛇腹ネットワーク、パイソン、尾神牙、毒忍そして変化の印……組織名のようなものは聞いたことはないが……現在Nと協力しこちらも鋭意調査中だ」


「そうか。でもありゃ最初に提示されていたDランク相当の任務じゃねぇってことは、さすがにもう分かってるよな」


「あぁ……それに関してはこちらも把握している。すまない、サザ先生もこっそりと向かわせていた二重式、そして君が緋ノ小隊にいたことを考慮し安心しきっていた部分があったのは認める。決定を下した校長の私に隙があった」


「いや、むしろ鈴ねぇの備えた戦力は客観的に見たらそれで漏れなく十分だろう。それに俺も二重式の胡散臭さに気づいたのはあの繁華街の中に浸っていた途中からだったしな。あの暗いじめり様は、潜入した内側からしか気づけねぇこともある。だからこれはNの」


「百地大地! いや、今は百鬼(ひゃっき)の大也か。それは口に出すことではない」


「そうか。なら──」


 厳粛な空気の中、二人は今回の任務の問題点をおさらいしていった。


 だが、大地がNについて触れようとしたその時、夜鈴校長が彼の話途中に遮るように待ったをかけた。


 静かに続く言葉を飲み込み頷いた大地であったが、ならばと即座に別の話題へと切り替えた。


「何故、俺を藤林夜翠と組ませた?」


 堅苦しい雑務に当たっていた校長室の机の上で、脱ぎ掛けのヒールの両足が今ぷらぷらと揺れている。


 黒いタイツの長い脚を遊ばせるように揺らす校長、藤林夜鈴。


 その正面に立つのは百地大地、一度目の報告に上がった時よりもほっそりとした彼の姿。


 縛りの解かれた藤色髪が広がり、やがて高くから覆う逞しい影に翳る。


 立つ彼のその凛々しい面を見上げつつ、今急な角度から放たれた質問に、夜鈴は気圧されながらも答えた。


「それは……妹がその……君のことをだな、そのやはり良からぬ態度が目につき……といっても私も久々会った君に……すこしひどくぅ……したものの……」


「そんなことで?」


 顔をぐいと前に寄せる大地。彼に迫り覗かれた夜鈴はしおらしい口調から、今度は動転したように強く言葉を発した。


「しっ、仕方ないだろ! それに夜翠は今回君が近くで見たようにっ、まだまだ基本忍術の成績は優秀でも実戦の任務の経験が圧倒的に足りなっ──!?」


 夜鈴校長の顎先を撫でるように指で掬い、ゆっくりとそれを持ち上げる。


 大地は青い目をした彼女の顔をじっと、見下ろしながら見つめた。


(うぅ……ますますあの頃よりも……かっこ──)


「鈴ねぇ、案外節穴なんだな」


 恍惚とし彼の精悍な面を見上げていた青い目を、瞬間──はっと見開いた。


 甘い夢から覚めるように驚いた夜鈴であったが、その「節穴」という彼の今つぶやいた良くない言葉を、もう一度聞き返した。


「私が、節穴だと……どういう」


 だらしなく下げていた目尻を正し、いつもの鋭い目付きで夜鈴校長は、彼の目を訝しみ見返す。


「ま、とにかく俺は今後こういうのはしないぜ」


 彼女の顎から手を離し、真剣な模様で絡まっていた視線を切った大地は、王子の役を解いたように自由になった両手をさっぱりと広げた。


「……待て? それではここで鼻になるという話は!」


 己の怠慢による任務放棄でNとの信頼関係が薄れつつある今、今後の忍界での箔をつけるためにアウェイのここへと入学した大地。


 藤林夜間忍者学校で成績優秀の鼻となる。その父との約束はどうするのかと、夜鈴校長は焦ったように声色を変え彼に問うた。


「あぁ、おかげで再確認できたよ。──やっぱ俺には向いちゃいない。任務を終える手っ取り早さの為に、仲間を危険な目に合わせるような奴はな」


 ポケットからおもむろに取り出した小さな空の瓶を、掌の上へと投げた。


 それは天使の羽を広げて光に煌めいている。そしてもう一度掌の上に戻ったそれを、大地は握りしめた。


「…………大地……」


 そう己の罪を明かし告げると、またポケットの中へと小さな瓶を収め、百地大地は校長室をひとり静かに去っていく。


 開いた校長室のドアは閉まることはなく、どこかへと漂い流れる流浪の旅人のように黒髪の男の影が消えていく。


 脱ぎ掛けのヒールがぽとりと床に虚しく落ちていく。夜鈴校長は、去りゆくその彼の背を、ただどこか寂しそうに見つめていた────。

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