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第四話 忍びの印について

 また先ほどと同じような要領で、路地裏の暗がりで釣れた輩たちのことを緋ノ小隊の四人はいとも容易く締め上げていく。


「まったく、乙女の髪に触れようとする奴はビンタだろ?」


 古林綾女は武器にし伸ばしていた茶色の三つ編みを元の長さへと、しゅるしゅると戻す。


 五行でいうところ髪は木に分類される。よって彼女の持つ印は【木】の術系統ということになる。


 歴代の女忍者たちによく発現するものであり、その印自体は珍しくはないが、武器がいらず場所や状況を問わずに扱えるという点は非常に秀でている。潜入任務向きの術系統だろう。



「すなたろうが死んだ。でもまだ12兄弟いる、ぶいっ」


 土門美沙はおそらく【土】の印。大容量ポシェットにつめてきた特殊に配合した秘伝の砂を武器に用い、臨機応変に戦っていた。


 敵をまた一人仕留めた土門はジト目でダブルピースをする。砂の中で休め、丹念に育て上げた泥団子を敵の顔面へと投げつけクリーンヒットしたことに、喜んでいるようだ。


 その丸い泥団子は鉄球以上の硬度を誇っている。だが、重量は鉄よりも軽い。砂も固めて育てれば強力で立派な武器になる。


 忍びの世界では砂や土を用いて戦う者たちのことを俗に、平目(ヒラメ)と言う。これは砂や泥に潜伏する魚である平目の習性をなぞらえてのことだろう。


 砂を主体に用いる忍術は、その場凌ぎに活用することはあれどスタンダードだとは言い難い。


 こうして袋やポシェットに砂を詰めてまで拘る忍者は少ない。一子相伝であり秘匿とされている部分が多いので、大地も実際にその使用者を目にするのは初めてだった。



「印を使うまでもないのだけど、慣らし運転は必要ね」


 そして藤林は、やはり水。手に握りしめている一本の忍具は【亜水骨(あすいこつ)】という。


 それは大地もよく知る彼女の姉、夜鈴校長と同じ得物だ。


 ただの不格好で中途半端な長さの骨のように見えるが、水の息吹を宿しやすい特徴を持つ。


 使い手次第でそれは、水の剣にも槍にも犬にもなる。藤林家の中でも扱いの難しい最高の忍具だ。


(さすが名門藤林。優れた印持ちしかいない)


 大地はそのふくよかな巨体で捕まえた下っぱ売人の首を、片手間に絞め落としながら三人娘の持つ実力と印に感心した。


「そういえばクソもちお前の印はなんだよ? 私らのことジロジロ見ておいて、へっ、自分は見せずじまいかよ?」


 ふと、自在に動かしていた三つ編みを整えて振り向いた。そんな古林綾女に、大地は珍しくもツッコミのない落ち着いたトーンで、なかなか見せないその印について問われている。


「俺か? 俺はそうだな。──よく寝てよく食べる!」


「……見りゃわかるッッ!!! ざけんなっ!!」


「え、韻を踏めって話じゃ?」


「どこが踏んでんだよヘタクソ!! てめぇは日常会話もままならねぇのかっ!! 今度余計なことこの私にツッコませたら、そのふてぇクビしめっぞ!!」


「ちょ、もっ……しめてるしめてる……ぅっ!?」


 古林が顔を顰めていつものようにトーンを上げツッコミを入れ始めた。そして突然、三つ編みの髪が前方へと素速く伸び、太っちょ男の太い首に巻きついた。


 とても斬新で苦しいツッコミが入れられている、いや、絞められている……。


 巨大忍者組織Nに登録管理されている百地大地の印は【変化】の術系統。それは、彼が歳を追うごとにデメリットが浮き彫りとなり、扱いに困るものになりつつあった。


 決して、名門藤林家の本家分家に属する彼女たちのような、汎用性の高い優秀なものではない。













「よーしこの調子でじゃんじゃん!」


「じゃじゃーんっ、ぶいっ」


「うん、どいつも大した動きじゃないわ。引き続き端末を回収して根っこの取れた花をじわじわ枯らすわよ」


 古林、土門、藤林。各々鮮やかな連携と動きで、またまた下っぱ売人たちを路地裏で倒した。


 端末を回収しながら情報を集め、その情報を逆手に利用し流しながら、次から次へと自らを餌に敵を闇に釣り続けた。


 少々手荒く強引なやり方のようにも見えるが現代忍者において、敵の端末を盗むということは万の情報を得ることと同義。


 積極的にそれを刈るのもまた立派な戦略、必ずしも上手く息を潜め忍んでこなせれば良いというものではない。


 こうして集められた戦闘特化の緋ノ小隊として、これ以上なくシンプルで効率の良いやり方だ。大地もこの体格で細かい隠密行動を強いられるより、よっぽどやり易く気が合うものであった。


 それと、大地が塩梅しだいではこの積極的な作戦を続けても構わないと思うに至った、もう一つ確かな理由があった。


(そのおしゃれでえげつない表現と打ち立てた作戦は悪くない。なんせ今回の任務は安全に配慮された〝二重式〟。藤林夜翠が気づいているかは知らないが、中に入った俺たちの役割は斥候のようなものだ。まぁ、忍者は多かれ少なかれ斥候のような役割だがこの場合はそういうことを言いたいのではない。つまり、この裏の騒ぎを途中敵に勘付かれたとて勝手に尻尾を巻いて逃げていく怪しい奴らは、出したその尻尾ごと密かに連動する別の先輩部隊がとっちめる手筈となっていることだろう。俺も何度かそれで手柄を掻っ攫われたことがある……あんときゃ純粋だったな、忍者にあるまじき)


 敵を欺くにはまずは味方からという言葉があるように、四人が請け負ったこの任務は内と外で連動する二重式。当然、内はそのことを知らずにいた方が都合が良いということで、最低限の情報しかお上から与えられていない。


 斥候役の緋ノ小隊がミスをしても成功をしても、今は姿を見せない外を張る味方忍者部隊が動く手筈だ。場合によっては尻拭いもしてくれるだろう。


「御意御意ー! いやぁー、ていうかクソもちもツッコミ待ちはうざいけどなんだかんだやっ……まぁ、なんでもないなんでもない! そろそろ下っぱ売人の数も減ってきたんじゃないかなー、てことはあとは(ボス)!」


「ぎょいぎょい、もちもち」


「フンッ。図体は邪魔でしょうがないけどねっ。さぁ、そんなことより、そうね……じわじわという言葉は我ながら不適切だったわ。言ったようにこれはスピード作戦、なる早で刈るわよ!」


「「ぎょいーーん!」」


(ぎょいーーん。……だが、どうも気持ちが先へと急いでいる。そんな若さと熱意を感じる。まさか本当にどんな色か分からない花を狙っているのか? 小隊を任された鼻だけに)


 味方の彼女たちの高める士気とは裏腹に、大地は言葉数少なくつまらない考えを巡らせる。


 藤林夜翠の功を立てたいという気持ちが先行している……その上忍の姉と同じ藤色髪と、姉とは違う緑の瞳を見ていると、大地にはそんな風にも思えた。


 それが二重式に気づいているであれ、いないであれ。彼女、藤林夜翠が自分の力に相当の自信を持っているように、それともあるいは──。


「おーいクソもち、ぼーっとしてんなよ」


「ぼーっと、ぼたもち」


「足を引っ張るなら後にして」


「あぁ。最初に言ったように鼻のやり方に一言一句従うぜ。後ろは心配しなくていい」


「フンッ。手筈通り、なる早で行くわよ」


 緋ノ小隊の鼻である藤林夜翠、今回は彼女の指示に従う。百地大地は茶化すことなくそう誓い、暗がりの中エメラルドの宝玉のように輝く、その緑の瞳にうなずいた。









 根を刈り集めた端末は幾多にものぼる。だいたいの構成員の人数や敵の人間関係図を知り、じめった土壌から天に咲く花の輪郭が徐々にだが浮き彫りになっていく。


 この調子で数を当たれば下っぱ売人を脅しても出てこない薬物の入手ルートや何らかのキーとなる情報も、明らかになるのは時間の問題だろう。


 仮にここで上手く逃げられても、緋ノ小隊が集めた情報を解析班に任せれば、敵の頭の正体は丸裸も同然だろう。そう簡単にしつこいNからは逃げられないことを百地大地は身をもって知っている。


 それにどこかに貯蔵している薬物(たから)を置いて、ただで逃げるかというとその線も怪しいものだ。


 百地大地は小隊の仲間たちが端末を回収し整理していく間にも、ひとり熟考する。


 そして、別にもう一つ懸念点というべきものが彼の脳裏にはやはり浮かぶ。この繁華街に入った時から大地が感じていた、そう違和感があった。


(それにやっぱり既におかしい。こいつらは気づいているか? 慎重な二重式のことではない。それとは違う、この賑わう繁華街にただよう湿り腐った雰囲気に)


 そうこう地蔵のように突っ立ちなかなか働かない太っちょの代わりに、数多のスマホをごちゃごちゃ忙しく取っ替え引っ替え操作しながら働く三つ編みの女がいた。


 その女忍者は己の髪を伸ばし、分け、束ね、その髪を指の代用にし、複数のスマホを同時に操作するという異次元の器用さを見せる。


 回収した下っぱどもの端末に耳を当て出た古林綾女は、声色を上手く変えて別人になりすまし返事をする。


 彼女が変えられるのは髪型や髪の長さだけではない、木属性の印に頼らない能力や小技もちゃんと磨いていた。ツッコミもその副産物だろうか。


 やがて、スマホの電話を切る。前髪がべたついたおでこの汗をひと拭いすると──。


 古林綾女は声色を元に戻して言う。『これから中華料理店、【雷飯天(らいはんてん)】の前を一人歩いている雌のカモを攫うから、応援に来い』という旨のホットな情報を手に入れたのだと、鼻である夜翠にすぐさま報告した。


「そう……でかしたわ綾女。ついでよ、望み通り急いで応援に行ってあげましょう」


 緋ノ小隊の鼻である藤林夜翠は、要請の通り指定の場所まで応援に向かうことに決めた。古林も土門もリーダーの声に続いて、真剣な眼差しを返しうなずいていく。


 鼻である彼女の指示に一言一句従う。そう、決めた男に二言はない。


 百地大地はうなずかず、また裏道から明るい街路へと繰り出した彼女らの後を遅れてついて行った。

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