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第三十五話 雷獣様

 激突間際、蕾花の脳裏に、かつて夕暮れの公園で出会ったある一人の名も知らぬ老忍の言葉が蘇る──。



『忍びの三技──強固な【漆】の器を破るには【剥】の芸当が不可欠。このまま水をいくら注いでも器の底が破れぬのと同じ事。水の出し方を変えねば決して、その堅牢な器を穿つことはできぬ。……じゃが、ここに例外が一つある。注がれた器を溢れる冥力の前には、誰もがやがて傾き跪くということ。水に浮かぶ器は時に無力。広がるのは繋がる冥力の海。ろくなオールを持たぬお前さんでも、そこに浮かぶ船の形、肌触り、進む水の流れがよく分かる……つまりぶつかる冥力の主導権、それを一度でも握れさえすれば、どんな高級な漆の器もその臍のありかを探り、ひっくり返すのは容易いことじゃ。もちろん────〝らいとにんぐびーすちょ〟の儂にはの?』



 彼は彼女は、三技を知らない。むかつく王子から貰った一本の針の謎でさえ解けないほどだった。その習得は容易ではない。ライトニングビーストと自負する尊大な称号も、くどくどと説く変な爺に盗られてしまった。


 だが、たった一つ。上質な船やオールが自分に今はなくても、盛大に作り出すことのできるものがあることを、その獣は理解していた。


「……コイツで、全部塗り潰してやるッ!!」


 蕾花は叫んだ。細かい技の理論など捨てた。ただ、溢れるほどの冥力を出力しぶつける。

 

「【雷海(らいかい)】ッ!!!」


 蕾花が選び繰り出したのは小細工の要らないアンサー。天に昇りチャージした雷の冥力を全乗せした、渾身の踵落とし【雷海】。


 臆さず真っ直ぐに飛び向かう緑の光珠と、雷を落とす踵がついに空中で激突した。その瞬間、青い海のように溢れる雷の塊が二人の忍びを包み支配した。


「伊達者がッ効くものかッ、信念のない攻撃は──!!」

「念じても悟れねぇ奴でよォ!!」


 これを抑え込めば勝てる。やはり質の低い冥力まかせの荒い攻撃。蕾花に披露された予想内の技は、刹那の光の漆技を崩せやしない。


 この鬱陶しい青を突き破れば──。緑の光珠が、天からのしかかる不遜なその足をみるみると押し返す。


 お互いに技を被せ繰り出せど、せめぎ合うそこにある技量の差は明確であった。蕾花の未熟な攻撃をものともせず。洗練された(ひかり)の羽織を纏い、雷の中に勇み飛び込んだ刹那に軍配が上がる。


 しかしその時、周囲の穢れを浄化し隔絶する緑光を纏う刹那の身に、僅かに突き刺すような異変が生じた。


「な……なんだ私の……ぅくっ、捩れる!?」


 それは玉肌の刹那の身体に存在しない器官から生じた異変。


 練り上げた冥力の質に劣れど、周囲に発生した冥力の量で勝っていたのは蕾花の方であった。


 踵をぶつけ蕾花の放った圧倒的な冥力の奔流が、その青い雷海の中を横切ろうとした不遜な存在のことを捉えた。


 そう、彼女は三技を未だ知らない。


「──だから奪うことにした。てめぇの〝臍〟貰ったぜ宇宙人!!」


 理解と掌握。強固な器の穴がどこにあるのか、蕾花には視えていた。


 雷海を押しのけ全てを拒絶していた緑光、その光を潜り抜けた内側、硬い腹の真ん中に生じた僅かな〝ひび〟。その僅か数ミリのひびと、太鼓を鳴らすように唸る蕾花の臍が、同期するように互いに放電し合った。



「雷獣様のお通りだァ!!!」



 金毛の獣はワラった。へそが捩れるほどに、茶を沸かすほどに熱く、猛々しく痺れる。


 何にも染められない無敵を誇っていた緑の光のベールがひらひらと歪む。

 天より叩きつける踵。光の内側の小さなひびに向かい、やがて外側に押し寄せる青い雷が、光の中を裂くように伝った。


 唸る唸る唸る雷鳴、頭が高いと、掲げた踵を勢いよく振り下ろし怒った。


 天に挑んだ緑の光ごと、刹那を地へと真っ逆様に叩き落とした。


 その青い雷海の中を、決して無事に渡り切ることはできない。そこには雷獣が棲んでいる。虎視眈々と不届き者の獲物の臍を狙っている──。



「なんだ……三技なんて、簡単じゃねぇか。王子……じじぃ……へへっ……」



 命と命を燃やし合うぶっつけ本番。守る影の羽織を裂きひっぺがしたのは、全てを掌握する雷の塊。


 轟音と共に、二人の忍びが地に堕ちた。

 臍を奪われ叩きつけられた者、臍から全ての冥力を出し切った者。もう、動く者はいない。

 

 決着は──共倒れ。太鼓を打つような重苦しい雷音だけが、焦げついた倉庫内に反響し、激闘の余韻を流していた。


肥えても最強忍者をお読みいただきありがとうございます。

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