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第三十一話 一輪のおもてなし

「私は私の仕事をするだけとは言ったが……まぁ、敵のテリトリー、これも想定の範囲内か」


 ここは既に敵の待ち構える根城、これくらいの事態も想定内。鶴橋綾子は割れた宝石の欠片を握りしめ、三人の反応を探った。


「────反応は……見事に散っているようだ。ここから合流に一番近いのは……ん?」


 用心深い鶴橋が、事前に味方の各々に渡したのは、一粒のアイオライトの宝石を四つに砕き割ったもの。アイオライトは別名バイキングコンパスとも言われるすみれ色の宝石で、その宝石内に屈折する光の差し加減や色合いにより、航海中も太陽の位置を正確に測り知ることができたと言われている。


 鶴橋はこれに己の冥力を流し、離れ離れになった残り三つの欠片の位置を、正確とは言えないが朧げに感じ取ることができていた。

 あの三神拳の漆阿との学校校舎での盗まれた宝探し。その時に培ったコツと応用を彼女は今、用いていたのであった。



 『キコ……キコ……』突然、車輪を漕ぐ不気味な音がゆっくりとゆっくりと空間に響いた。


 【4-E】とシャッターに書かれた特殊貨物保管庫の中で、一時身を潜め、味方との合流先を考えていた鶴橋は、その音のする方へと目を凝らした。


「ようこそおいでなさいました」


 一輪車に跨るこけしのように整った黒髪の女が、暗がりの中から姿を現した。


 奇妙な登場をしたその着物を纏う女の両手には、一枚のおぼんがあった。丁寧におぼんの水平を保ったバランスで、『キコ……キコ』なおも車輪を漕ぐ音を響かせながら進み、女はやがてその場に静止した。


「私は一輪(いちりん)。これ、ウェルカムドリンクです」


 目の前まで近づき止まった一輪と名乗る女。鶴橋が目を細め警戒しつつも、おぼんの中央に置かれたそのお茶のカップへと、ゆっくりと手を伸ばそうとした瞬間──。


 『──カァーンッ!!』乾いた鉄の音が響く。一輪の纏う鮮やかな桜色の着物、そのゆったりとした袖口から飛び出した隠し刃のギミックを、鶴橋は忍具・番匠鳥の鉄嘴で反応し受け止めた。


「おもてなし、失敗。計測、開始」


「ッ──お茶目では済まされないぞ……これッ!!」


 薄い色の粗茶は宙を舞い、白いカップが地に割れた。


 足は一輪車、冷たく整ったその顔はこけしのような日本人。彼女の身を覆う鮮やかな着物の裏地には、一体どんなキョウキを隠しているのやら。


 一輪車の足でくるくると舞うように、やがて回り止まった一輪は、一礼。ぺこりと深く丁寧に下げた黒髪の頭、妖しく点った赤い無機質な眼光が、客人のことをじっと睨んで離さない。


 冷たくも可憐な敵の正体は、奇妙不明。鶴橋綾子は、やけに気配の希薄な相手へと、宝石をたらふく食わせた番匠鳥をじっくりと構えた。














「おー!! きたきたッ、ようこそようこそ君が百鬼くん? 私を引き当てるなんてお互い運が良いって感じで──?」


 円状に囲むように置かれた色とりどりのコンテナ群の上に、座る赤髪の人影。釈梵は頭にしていた黄色い帽子を掲げ振りながら、今地に見えたゲストのことを歓迎した。


「ってあれ? お姉さんから分類学上イ・ケ・メ・ン……って聞いたんだけど。あれれぇー? なんかちょっとキラキラってより、ゴリゴリしてない?(まさかそっち系がタイプ??)」


 釈梵は次第に、手に取った黄色い帽子を元気に揺らすのをやめ。今霧とコンテナの迷路を抜けてやって来た大男のことを見下ろして、首を傾げる。


 大きな体、黒い帽子の影にあるのはどこかゴツくて濃い顔。彼は一昔前の時代に生まれていたなら銀幕のスターだったかもしれないが。視界に現れた、そんな男らしくもうるさいパーツで構成された男の容貌に、釈梵はそれが自分の思う〝イケメン像〟の基準には、掠っていないように思えてならなかった。


 少なくとも今風のシュッとした体型と面を持つ美男子とは言い難い。流行りと比べれば、それはガタイだけが大きいゴリラのような男であった。


 やっと霧の道を抜けたと思えば、開けた場への入場早々、好き放題に言われてしまった西嶋虎彦。


 彼は目についた黄色い帽子とそのチャラけた赤髪のことを見上げながら、顔を顰めた。


「……ヒャッキじゃと? なんやお前、いきなり失礼しよって。ゲンコツしてやりたい所じゃが、色ボケたガキはとうに寝る時間じゃぞ? ……まったく、一体どうなっちょる。アレだけ息巻いてた桃乃木らはどこへ行きよった? メガネのおつるに、こんなオモチャ持たされても、ぬぬぬぬッ──占い師やない、さっぱり分からんぞ? ハハ、いきなり迷子とは世話の焼ける奴らやのぉー」


 だが、先ほど貰った失礼な言葉など気に留めず。西嶋は顰めた顔のまま眉間の皺を深め、別のことを思考し出した。桃乃木ら忍びたち三人の行方が今は気がかりのようだ。


「あれぇーあれれぇー。なぁんか、これ、いかにも〝ハズレ〟じゃね? あだっ!?」


 コンテナの上から飛び降りてきた赤髪の釈梵は、中腰で、目の前近くの大男のことを吟味するように覗いた。


 中腰で顎に手を当てじろじろと他人のことを覗くそばかす顔。その視線に気づいた西嶋は、無防備にも近寄って来た赤髪へと、黄色い帽子の上からゲンコツを食らわせた。


「何が〝ハズレ〟じゃ。遊んでないではよ帰れよ」


 やはり失礼者の頭には一発ゲンコツを入れておく。西嶋は頭を抑える調子乗りのことを置いて、コンテナの囲うこのエリアの中央から、向こう側に見えた先の道へと進み始めた。


「はぁー。やっぱハズレじゃん? もうむちゃくちゃ百鬼くんとヤりたくて、こんな遊び場まで用意したってのに……ざぁーんねん。なら死ね──ふぅ〜」


 視界に遠のく期待外れのゲストの背へと、貰ったゲンコツと共にしゃがみ込んでいた釈梵は、溜息を吐いた。


 その彼女の溜息は不思議と膜を張った一粒の泡となり、ぷかぷかと風に揺られて進んでいった。


 やがて、音もなく忍び寄るように溜息の泡粒は、大きな男の広い背へと追いついた。


 そして、今剥き出しの首筋へと向かい上昇し──弾けた。


 吹き抜け荒れる風と共に、爆発音が鳴り響く。


 溜息が、泡が、爆ぜて遠方にいたターゲットへと直撃し白煙が巻き起こった。


「なんじゃおどれ……! 寝かしつけられたいか?」


 白く煙る幕の中に浮かぶのは、大きな影。灼けた右の拳を勇ましく突き出し、そこからただならぬ熱気を上らせている。反転した西嶋虎彦の姿があった。


「ふふっ。なんだぁ……これっ!!」


 ぷかぷかと泡になり忍び寄った殺気の膜を、拳で叩き割った。西嶋は怒りをそのツラに滲ませた。


 ここはコンテナコロシアム。待ち構える釈梵が用意した、無機質で特別な円形闘技の舞台。


 既に闘いの狼煙は、一人の男の拳から上がった。

 そばかすをそっと撫でながら、今返って来た悪くない風の心地に、釈梵は笑みをこぼした。















 深夜、赤見市の片隅に佇む古めかしいアパート、【木の葉荘】にて。

 お泊まり会の名目で集まった警護対象の一人、丹波もつこがスマホのカメラを回していた。


 もつこが語りかけるカメラ画面の向こうでは、パジャマ姿の黒髪の少女が、何かの作業をしながらその横顔を見せている。


「ユリちゃんユリちゃん、なんで歌手志望に?」

「それは……単純に、歌うことが好きだから、かな?」

「そんじゃぁ、トリビュートバンドをやる経緯は?」

「他サイトでアップしていた過去の歌ってみたの動画を、たまたまクローズハーツの関係者が見てくれていて、15周年企画の一つということでお声がけいただいて……はい!」

「ふぅーん! 運命的! あっ! ギター上手だね、どうやって覚えたの?」

「最初はちっさい時にお父さんのウクレレで勝手に遊んでて、んー……それがなんというか……徐々に大きくなっちゃいました? 的な?」

「あははは。なにその成長超かわいい! ……そっかぁー、で、新曲は?」


「6月26日発売です!! あじゃなくてっ! こほん……クローズハーツ-blueオリジナルシングル第一弾『スノーサイド』6月26日発売です! ぜひぜひ聴いてください!」


「はーいオッケー! ところでさっきからそれ、何作ってるの?」


「これは、えーっと、泥団子のすなはら……ゆりっ!」


 もつこの軽快なインタビューに、町原由璃は丁寧に答えていった。最後は熱心に制作していた雪のように真っ白な泥団子を一つ、手のひらに乗せてカメラに見せた。1分間に及ぶショート動画の撮影は終了した。


「完璧完璧。じゃああとはこれ、ショート動画に上げとくねっ」


「ありがとうもつこ! 私そういうの疎くて助かるぅー」


「いいっていいって、こんぐらい得意だから任せてよー。あはは」


 町原はもつこに手を擦り合わせて礼を言った。トリビュートバンドながら出すことになった街原由璃としての初の新曲。その宣伝を兼ねたショート動画の撮影を終えたタイミングで──。


「おぉー、すなはらゆり。しろしろになってきてる。ん。雪みたい、きれい」


「はいドモン先生。この砂本当にスノーボールみたいに白くなっちゃって、良い感じで!」


「うんうん。土門先生もお気に。ぶいっ」


 魚の平目を模したファンシーな布団に寝ていた土門美沙は起き上がり、町原が作ったその真っ白な泥団子のことを褒めた。


「どもりん先生、あたしのにも砂かけてかけて!」


「ん。すなすなの原資は、ただ」


 警護役そして今は指南役。砂使いの忍者である土門美沙先生は、生徒たちの作る泥団子の出来栄えに小刻みに頷いている。ポシェットから取り出した秘伝の砂をスコップで掬い、彼女たちへと分け与えた。



 ローテーブルの上で警護対象の二人と警護役の一人が、一緒に泥団子作りに励む一方で──。


「泥団子で、はぐれ者の二人の冥力をこねる修行とは……美沙。ふざけているようで練られているのが、おかしな状況なのに逆にツッコめねぇ……」


 その傍らで同じく警護任務に就いていた忍びの一人、古林綾女は、微笑ましい光景を見守りながら息を吐いた。


 そして古林の隣には、藤色髪をしたもう一人の忍びの姿。藤林夜翠は何やらぶつぶつと呟きながら、独り、別の思考の海に沈んでいた。


(さっき会ったあれが本物の……三神拳の一人……言っていたように上忍である鈴姉のさらに師に当たる人だとすると……。それにダイヤさんも同門で三技を習ってたっていう……。ダイヤさんと鈴姉はもしかして……はっ!? じゃなくて、やっぱり忍びの三技……これをなんとか私も早く習得しないと鈴姉には絶対追いつけないってこと……。じゃなくてじゃなくて今は、ダイヤさんの為にっ、襲って来る敵の正体を考えるべきでっ!)


「あのぉー……夜翠様?」


「ん? な、なに?」


「そのぉー。さっきから……独り言のほうが……漏れちゃってるぅー、みたいな……?」


 古林はおそるおそるも、今横を振り向いた夜翠へと、そう己の口元を指しながら、声が漏れていることを指摘した。


「ふぇっ!? ……そ、そう? ごめん綾女。ちゃんと警護に集中するわ」


 我に返り赤面した夜翠は、口を硬く真一文字に閉め独り言をやめた。


 鶴橋綾子の要請に応じて警護支援として赤見市まで派遣されたのは、かつて百地大地と共に戦った藤林夜間忍者学校の緋ノ小隊の面々であった。


 そして──。


「気になるなら覗いてみたらどうだい?」


 不意に、落ち着かない様子の夜翠の背後から声をかけたのは、竹の皮に包まれたおにぎりを差し出す男──藤林灯夜だった。


「……え?」


 フジバヤシ食品の商品開発部の社員であり、忍びの補給班としても現場を支えるマスク姿の男。夜翠もよく夜間学校の食堂ではお世話になっていた、そんな知り合いの姿だった。


「例えばそう……。完璧な校長の彼女にはできなくて、泥の中にいる今の君にしかできないこと。届かないこと。──僕に力があるなら。そうするよ」


「灯夜さん……?」


 夜翠の迷いを見透かした灯夜の目が、静かに微笑んだ。

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