第二十六話 三神拳、冥海現る
茜色に染まった夕暮れの公園。
藤林雷牙は錆びついた蛙の遊具に跨り、指先に摘んだ小さな一本の針を睨みつけていた。
『パチッ……パチ』細い金属に冥力を注ぎ、青い電気が流れる音が鳴る。だが、どれだけ集中と電圧・熱を高めてもたった一本の針は焦げもせず、傷つきもしなかった。
「チッ。……やってられねぇぜ」
この針一本に施された謎さえ満足に解けやしない。いつもならば黙々と意地でも試行錯誤し続けていた行為だが、今日は違う。いくらやっても進展しない状況に、次第にそれが雷牙の中で苛立ちに変わっていった。
雷牙は跨っていた蛙からスプリングをしならせ前へ飛び降りると、手元にあった熱い針を強く摘んだ末に、忌々しそうにそれを後ろへと投げ捨てた。
放られた針は、誰もいない砂場へと音もなく刺さり、やがて乾いた砂中へと呆気なく埋もれる。
「つまんねェ。ゲーセンでも行くか」
ぼそりと気怠げに雷牙が呟いた、その時──。
子供の遊ぶ小さな砂場がまるで、モーゼが海を割るかのように左右へと分かれ、その中から一人の老人が砂つぶを弾きながら這い出てきた。
『これこれ、こんなところに物を勝手に捨てよるな』
「あぁー? なんだ、おまっ……」
忽然と現れたのは、スキンヘッドの老人。驚くべきことに先ほど投げたはずの針が、老人の頭上間近でぷかぷかと茶柱を立てるように浮遊していた。
おかしな老人のことを振り返り見た雷牙は、一瞬その目を疑った。それはまるで冥力の海。老人の体から湧き出る冥力の塊がまるで海のように広く大きく見えた。
『そんなはずはない』雷牙が疑い、睨むように目を凝らしていると、やがて老人の頭上に静かに浮かび立っていた針が、乱雑な回転運動を始めた。
そして老人が右の指先を微かに動かすと──次の瞬間、針は超高速の弾丸と化して雷牙を強襲した。
針は雷牙がさっきまで座っていた蛙の乗り物の目玉を一直線に貫通。間一髪で顔を逸らし反応した雷牙の頬をかすめ、遥か背後の木の幹に突き刺さった。
「てめぇ……ッ!」
焼けるように熱い頬の血を拭いながら、雷牙は目を細め老人のことを睨みつけた。
「ほう……。非常に丹念な漆が何重にも張られておる。お前さん、この針をどこで手に入れた?」
老人は雷牙の傷など気にも留めず、感心したように質感を褒めた針の入手先を問うた。しかも不思議なことにさっき遥か後方にまで放ったはずの針を、再びその手に摘み持っていた。
「なんだジジイ? 悪ぃが今、俺様は最高に機嫌が悪いんだ。……ぶっ殺してからでいいなら、特別に教えてやるよ」
広げた両手だけではない、雷牙の全身からバチバチと青い火花が散り始める。彼の怒りに呼応するかのように放電し、目先にいる老人のことを威嚇した。
「なら、そうしてもらおうかの」
穏やかでない金髪の若者の威嚇行為にも、老人は鼠色の顎髭をさすりながら、あっけからんと即答した。
すると、背後の砂場から突然一本の杖が魔法のように宙へと飛び出し、老人の掲げていた手元へと賢く舞い降りた。
そして杖の石突が地を叩き、乾いた音が公園に響く。
杖をついたまま、構えすら取らぬ悠然とした佇まいを見せる老人。睨み据えた琥珀の眼に映るその余裕が、限界まで溜まっていた雷牙のフラストレーションと闘争心に火をつけた。
「言ったな……!! 墓場の予約はそこでいいよなっ!! 砂かけジジイッ!!!」
皺ついた左の瞼が、渋くお茶目にウインクする。
開始の合図はふざけたその瞬きで、墓は小さな公園の砂場に即決定した。
青い四つの尾を束ねた怒りの雷撃が、地を焼き焦がしながら、佇む獲物へと向けて迸り疾った。
今日の藤林雷牙、蕾花の機嫌はすこぶる悪い。物静かだった夕暮れの公園に、荒れ狂う雷鳴が轟いた。




