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第二十話 忍んでやがる

「もつこさんに何をしおった!!」


 西嶋の声は怒りで震えていた。


「ふふふ。これから始まる一方的なショーは、レディにはお見せできないだろう? 僕の白銀の吐息で、少々寝ていてもらっただけさ」


 氷淵の間、クリスタルの玉座。その特等席に、金色の髪を輝かせた丹波もつこが、まるでお姫様のように静かに眠らされている。


「何をナメくさって!! ぐがっ……!」


 怒りに任せて殴りかかる西嶋。だがその拳が白髪の男、れつに届くことはなかった。

 突き出された西嶋の腕に、冽はひらりと手を乗せる。そのまま腕を軸に逆立ちし、宙返り。重力を無視したような身軽な動きで、西嶋の背後へと軽々といなし着地した。


 着地と同時に、西嶋の腕に新たな痛みが走る。一本の氷の棘が、再び彼の腕を深く貫いていた。


 怒れる拳で殴り仕掛けたはずが、細身の敵は無傷、逆に自分がダメージを負っていたのだ。


「君はもう、まともに僕に触れることすらできない。忍びと凡人の差が、そろそろ理解できたかな?」


「っ……しのび……だぁ……?」


 痛む腕を押さえながら、西嶋は振り向いた。


「この日本国を裏で支配してきた【N】に属する選ばれし者。それが忍び。君とは生きている次元が違うのさ」


「もつこさんは、そんなままごとに関係ねぇ!」


「あるのさ。忍びの血統以外で冥力を宿すアレは、はぐれ者と言ってね。放っておけばどのような印を発現するか分からない。他家の手に渡れば、それだけで未知数の脅威なのだよ」


 冽は冷たい瞳で眠るもつこを見つめ、残酷な言葉を続ける。


「枯れるか。枯らすか。あるいは、育むか。彼女はそのいずれかの運命を辿る。だが、安心したまえ。例え彼女の印が何であろうと、これからは僕が側で可愛がり、守ってあげよう。……君にとっても、これは悪い提案ではないはずだ」


「ふざけるな……! テメェみたいなキザな変態に、もつこさんを渡せるかぁ!!」


 再び突っ込む西嶋。だが、またもや紙一重で避けられる。冽がかわした背後にあったクリスタルの壁には、いつの間にか氷の棘が仕込まれており、西嶋は激突を避けようとして、身を捻り返した背中を浅く切り裂かれた。


「あぁ、そうそう。身の程を知らない凡才の君にもその蛮勇に免じて、僕からとても良い選択肢を用意してあげたよ」


 冽は優雅に手を広げ、宙に氷の棘を一本、二本と次々に浮かべ、冷たく笑った。


「醜い獣には見合わない彼女のことを諦めて帰るか。それとも……このまま冷たく──なぶり殺しにされたいか。フフフ」


 辺りは白く煙り、痩せ男の放つ殺気が冷たく濃くなる。


 西嶋が流す汗、流す血まで漂う未知の冷気にあてられ鈍く固まっていく。足ももう足裏が張り付いたように、ろくに動かない。


 やがて深い呼吸と共に、頭上の黒いキャップを彼は深く被り直した。

 醜い獣はそれでも、大きくて弱いその掌を、爪が食い込むほどに強く、怒り握り締めた。












「こいつ……気持ち悪いな。早く倒れろ、命が惜しくないのか?」


 冽の冷ややかな声が地下室に響く。


 足元の地まで凍りついた身動きの取れぬ白銀の処刑盤の上で、なぶられ、刺され、なす術もなく血を流しながらも、その男は泥臭く執念深く、何度でも膝を伸ばし立ち上がった。


 もう何十本目の氷の棘がその大柄の男の身に刺さったことか。だが、何度も何度でも立ち上がるその男の異様な執念と体力に、冽は眉を顰めた。


「ハァ……ハァ……ぬるいぜ。さっさとそのしょぼい手品で、腹んなか冷やしてくれや。ネタ切れ野郎……」


 腹の真ん中を親指でさし、西嶋は白髪の華奢な男のことを挑発する。


 そんな全身がほぼ赤く染まった無知で傲慢な手負いの獣に、忍びの男、冽は不快感を露わにした。


「フフフ……本当に学習しないようだ」


 冽の美しく優雅な仮面が歪む。


「君はガウェインにもなれない。彼女の隣に立つ主役の座はとうに代わったのだ。そのことにも気づかず、まだみっともなく息まき立ち上がろうとする。誰も凡人の描くストーリーの先など求めてはいないのさ」


 冽は両の掌を合わせ、左右へとじっくりと開いていく。そして形の良い唇から白銀の吐息を吐きながら、冷気と冥力が混ざり合った一振りの作品を作り上げた。


「獣の血で濡れるのはもったいないが、蛮勇に免じよう。この【氷刃アロンダイト】で、君のような愚者の腹を今度こそ貫き、華々しくその醜い姿を浄化し粛清してあげよう!!」


 生成された美しい氷の剣。それを右手に取った白銀の王子が、醜き獣を屠るべく駆けた。


 白髪を乱し、殺気を漲らせる。美しくも冷酷な存在が氷上を滑るように走っていく。


 やがて挑発されたオーダー通りに、西嶋の腹部を目掛け冷たき凶刃は迫る──。


 氷の刃が腹の真ん中へと突き刺さり、音もない決着を演出する。誰もが串刺しを確信したその時。


 ぽたり、ぽたり滴る。奇妙な音が、二人の人影が重なった静寂に響いた。


「──きかんのじゃ。その程度……」


 西嶋が黒い服の内側、腹に隠し持っていたのは謎の黒い鉄板。


「ばっ、馬鹿な……そんなもので!? 僕のアロンダイトが……とけっ……!?」


 一直線に貫いた氷刃アロンダイトは分厚い鉄板に阻まれた。いや、それは何も貫いてやいやしなかった。鉄板からは白煙が立ち上り、深く腹を抉ったと思い込んでいた氷の切先は、みるみると溶けていた。


 腹と刃の間にかまされていたのは、ただの黒い鉄板。それが何故だ、異様な熱気を発しながら避けることのできない死の刃をアイスクリームのように溶かしていた。


「……もつこさんが好きなのはなぁ!! だしのきいた本格風の卵焼きなんじゃぁぁーー!!!」


 フィナーレを飾るその美しき氷刃が、溶かされ欠けた。ずるずると退がり狼狽する冽を、見開いた西嶋のただならぬ瞳が射抜く。


 最後の力を振り絞り、雄叫びともに西嶋の体が宙を舞った。勢いを持って踏みしめた黒革の片靴が、氷の上で火花を散らす。それは死地を忍び抜いた男による、渾身のトリプルアクセル。


 遠心力を乗せ、血管が浮き出るほどに握り手にした角鍋を、テニスラケットのように一閃した。


 空を駆け迫る武骨で大きな影。ただならぬ危機を察し冽が生やした氷の棘。だが、そんな棘程度で手負いの獣は止まらない。


 迷いなく振り抜く鉄鍋に、棘ついた醜い氷の肌は砕かれた。


 白銀の王子は、自らが最も醜いと称したその獣の猛攻に巻き込まれ吹き飛ばされた。


 砕かれた氷とともに華奢な体は回転しながらすっ飛んでいき、やがて果てにあるクリスタルの壁へと軽々と叩きつけられた。


「ハァ、ハァ……男、西嶋虎彦。この想い尽きるまで……凍てついちゃいられねェ……!」


 意地の着氷。凍てつく氷を溶かしながら、白煙の中に堂々と聳える大きな男の姿あり。


 ふらつきながらも、男はもう倒れない。みっともない姿など特等席で眠り待つ彼女には、見せられない。


 誰も知らない季節外れの氷の世界の中で一人、執念の熱を放ち続ける西嶋虎彦。


 もはやその息の根を止めるまで、彼を倒す術はない。










「よくも……僕の顔に、傷を……っ!!」


 額から一筋の血が、白い頬までどろりと流れ伝う。

 冽の優雅な面影は消え失せていた、白銀の王子の姿はもうそこにはない。

 込み上げる狂気と怒りに支配されたただならぬ瞳で、立ち尽くす憎き獣へ向け、巨大な氷の棘を怒りのままに放った。


 だが、その破滅の一撃が西嶋の喉元へと届くことはなかった。


 突如として手負いの獣の前に立ち塞がるように現れた人影。その男は、眼前に迫った巨大な氷の棘、その鋭利な先端を、なんとたった指先の一つだけで受け止めていた。


「破ッ!!」


 そして気合いを叫び、指先を突き入れるように一気に押し込むと、円錐型の巨大な棘がその全体を砕き、宙に煌めき散っていった。


「……なにっ、この規模の氷矢糸(ひやし)が、一瞬で!? ──チィッ! いけっ、【氷矢糸千本(ひやしせんぼん)】!!!」


 突然の乱入者に、得意とする巨大な氷矢糸を砕かれた冽が、焦燥に駆られ数多の氷針を生成し一斉に掃射する。


 だが、現れた青いスーツを纏う黒髪の男は、それらを意に介さずまっすぐに突っ込んだ。


「三技ノ漆──忍法【漆張(うるしばり)】」


 向かう氷矢糸はまるで雨粒のように無力。走る男の身にぶつかるも突き刺さることなく、なんと弾かれ、砕けていった。


「なっ……三技!?」


 狼狽えている間にも冽の視界から直進していた男の姿が消えた。いや、その男は消えたのではない。上方へと跳躍し、白髪の忍びの前へと今、素速く着氷した。


 黒髪の男が着氷する足音と同時に、白髪の忍び冽の周囲に展開されストックされていた氷の矢が、一斉に砕け散った。


 反撃に移ろうにも残弾はゼロ。次の瞬間には、冽のその喉元に鋭い感触が走る。


「それは野暮だろ。それとも今度は、俺がこいつをブッ刺して──相手してやろうか?」


 手ぐせ悪くも、黒髪の男の手に握られていたのは、冽自身が生成していた一本の氷の針。


 氷の矢の中を壊し詰め寄る圧倒的なパワーと速度、突きつける圧倒的な実力差。冷たい針の先端が、白い喉元の皮一枚に当てられたまま止まっている。


「っ……美!?」


 言葉を失い、目の前の恐怖と美しさに射抜かれたように立ち尽くす冽。


 ぽつり、ぽつり、一振りの刃から流れるのは汗か焦りか。やがて目の前の黒い眼光に脅され圧倒された冽は、握っていた氷の剣を保てずに溶かし、手放した。


 古城フロートローズ地下、氷淵の間。ヒーローのような青い衣装を纏い颯爽と現れたのは、白銀の王子を圧倒した黒髪の王子。


 彼の名は百地大地、またの名を百鬼の大也。


 警護対象②丹波もつこと西嶋虎彦のピンチに駆けつけ、暴れる敵の忍びを沈黙させ制圧した。






 たった今忍びと忍びの戦いが終わったそこへ、丹波もつこらの警護を担当していた鶴橋綾子が遅れて駆け込んできた。


「すまない、変な敵に邪魔されて遅れた!! ──って、えっ……」


 鶴橋は慌てた様子で謝りながら、今目に見えた室内の惨状に絶句する。


「いや。どうやら、遅れてなんてねぇぞ」


 大地は静かに振り返り、部屋の中央を指差した。


「もしもーし。────おい、こいつ立ったまま気絶してやがるぜ? ははは! こりゃあ、どっちが忍びか分かんねぇな。ははははは、な?」


 いつの間にかこの場へと現れた藤林雷牙が、硬直した西嶋の体をツンツンと突つくも──まるで石像を相手しているように反応は返って来ない。


 雷牙は、鶴橋の方を見て、皮肉な言葉を添えながら場違いな笑い声を上げた。


「ぅぅ……もしかしてそこの忍びを相手に……って、笑うな! 手当てだ手当て!! 止血止血!! 死ぬぞこりゃ!?」


 綾子は慌ててリュックにあった救急キットを取り出し、白目を剥き立ち尽くしたまま動かない西嶋の巨体に駆け寄った。


 大地は、意識を失いながらもなお角鍋を握りしめて立つ、そんな奇妙な男のことを見つめ、やがて苦笑混じりに呟いた。


「西嶋虎彦……俺は、読み違えたかな。こいつ、相当、忍んでやがるぜ」


 玉座で眠る金色の髪の姫のことを守り抜いたのは、遅れてやって来た王子でも忍びでもない。執念と男気に満ちた、ただの不器用な一人の男だった。


肥えても最強忍者をお読みいただきありがとうございます。

この小説を楽しめたって方は、是非ともブックマーク登録と評価感想をお願いします。とてもとてもやる気が……出ます!

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