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第十七話 雷鳴轟く十戦目

「九連勝ーーっと。……途端に飽きたな。そろそろ出るか、ユニット②がうるせぇし」


 ゲームセンターの薄暗い喧騒の中、藤林雷牙はレバーから手を離し、背伸びをした。画面には幾度と見た「YOU WIN」の文字が光っている。


 そんな筐体の前の席を立とうとした彼に、静かな声がはっきりと大きく聞こえた。


「井の中の蛙大海を知らず、夏の虫氷を笑う、管を以て天を窺う、──か」


「あぁーん?」


 同じような意味の言葉を三つも連ねて言う。


 訝しむよう表情を変えた雷牙が、立ちかけた席から中腰の姿勢で前を覗くと──。


 対面の筐体に座っていたのは、深くキャップを被った金髪の女だった。口元に咥えていたタバコが、やけに焦げた匂いを立てる。


「【鋼拳(ハガケン)】はブランクがあった。……次はあっちの【電ジ】でどうだ?」


 女が右方にある筐体を首を向けずに指差す。どうやら彼に別のゲームでの再戦要求をしているようだ。


 だが、その提案に雷牙は静かに鼻で笑う。


「はぁーん、そういう負け惜しみぃ? ま、強者の俺様とやりたい気持ちは分かるが、挑むステージが違うんだわ。もっと練習してから来いよ~~っ。じゃなっ」


 勝手に敗者の心情を見透かしたかのような上から目線の一言を残し、また雷牙は立ち去ろうとする。


「…………ハメ技使って良い気になってんじゃねぇぞ、ガキいいいいい!!!」


 目の前の台を両手で叩きつける女の咆哮と共に、凄まじい電流が筐体を駆け抜けた。過負荷に耐えきれなくなった基板が火花を散らし、雷牙が座っていた台までをも焼き焦がす。


 雷牙は直感的に後ろへと跳ね、熱く漏電する筐体の前から逃れた。


「はっ、これまた斬新な負け惜しみでぇ?」


「投げハメ野郎は、殺す。……以上」


 黒帽子の女は、焼け焦げて折れたレバーを前へと放り捨て、それを挑戦状代わりに金髪の男へと叩きつける。


 その身に怒りの雷を纏って立ち上がった女は、帽子からはみ出た金髪を逆立てる。募ったイライラは、もはやバチバチと五月蝿く鳴り続け制御不能。今すぐに発散する対象を睨み求めた。


「へっ……雷勝負なら、受けてやってもいいぜ?」


 雷牙はそう不敵な笑みを浮かべて、両手の指を一度二度、こきこきと鳴らす。


 その両手には、光り唸る青き雷電が獣が爪を立てるように、色濃く帯電していく。


「ちっさいな。ガキの静電気レベルで勝負になるかな」


「十連勝~~っ。以上」


「やはり殺す。3、2、1……以上!!」


 子供たちの歓声が響く広い遊園地の片隅。

 一段下った地下に密閉されたゲームセンターに、殺気と電圧を高め合った二つの雷鳴が轟いた──。








 口元に咥えていた煙草が完全に燃え尽き──灰が床へと落ちる。

 黒帽の女の数える3、2、1の合図と共に、生身のゲームはスタートした。


 薄暗くも騒がしいゲームセンターを戦いの舞台に、そこかしこに鳴り響く楽しげな電子音をBGMにしながら、両者の放つ雷電がこの密閉空間を伝った。


 次々と機器が壊れ、立ち並ぶ筐体にあるモニターが明滅しながらイカれ、割れていく。


 しかしそんな金髪の若い男と、黒帽を被った長い金髪の女。二人の忍びの戦いは、意外なことにも開戦前にバチバチと挑発の言葉を重ね合ったその空気を裏切り、一方的な試合運びとなっていた。


「全身の毛を逆立てる電圧も、電流として使えなきゃ意味がねぇ。おせぇっ! 豚に真珠だぜ」


 女は、ゲームセンターの中を跳ね回り走り回るその雷獣の如き男の素速い動きを捉えられない。


 体術とスピードで女の忍びに(まさ)ったのは、藤林雷牙。


 黒帽の金髪女が怒り宿すその全身の雷は、ただの虚仮威しであると彼は戦いながら見抜いていた。


 どれほどの高電圧も指向性を持たせて使い当てられなければ、まさに豚に真珠。そして豚が真珠をこれみよがしにぶら下げていても、襲いくる雷獣の牙を防御はできないのと同じ。


 雷牙の両爪に武装するように流した雷電が、女が身に纏う雑な雷の冥力を破り、さらにすかさず腹に入れた蹴りが、動きの鈍い女を背後にある筐体の元へと叩きつけた。


 印も冥力も雷も使いよう。雷牙にとって同じ雷属性の冥力を持つその女は、もはやいくら全身に針を生やすように威嚇されようが少しも脅威ではなかった。


「……豚に真珠、猫に小判、どちらも宝の持ち腐れ……。さすれば、私に独楽(こま)。──これでいい」


 女はぶつぶつと呟きながら、筐体に乗った「雷」と白く書かれた黒い帽子をおもむろに被り直す。


「こまぁ? ははは、思った〝以上〟の力量差にどうしようもなくて困っちまったか? ははは、んなのどごっ──!?」


 なにを宣っているのか。独楽などどこにもない。雷牙は笑い上げる。


 もたれていた筐体からゆっくりと立ち上がった女は何も持っていない。


 しかし、雷牙が上機嫌に嘲るその言葉の途中に、並ぶ筐体の下を何かが勢いよく滑るように走った。


「──っ!?」


 そして雷牙の死角、左下の後ろから跳ね上がったソレが、雷牙の脇腹を目にも止まらぬ速さで掠めた。


「【雷遁:電磁独楽手裏剣(でんじこましゅりけん)】。──大人の実力(ほんき)見せてやる……以上」


 帯電する女の掌の上に戻り、ぷかぷかと宙に浮かぶのは、一つの黒い独楽。潜んでいた物影から、なんとも自在に走り跳び出てきた。


 独楽から羽のように展開された小さな隠し刃には、赤い色が付着し滲む。


「へっ……俺もまだまだっ──本気じゃねぇけど?」


 傷口からじわりと血が滲んだ脇腹を、雷の手で優しく撫でながら、藤林雷牙は独楽遊びを始めた女へと不敵に笑った。









 宙を泳ぎ地を滑る、自在の動きを見せる電磁独楽に追いかけ回される。


 獣のような俊敏な動きで追いかけてくる独楽を引き離した雷牙は、そのままその玩具を操る黒帽の女を襲おうとしたが──。


 やはり彼の予想通り、薄暗いゲームセンター内のどこかに忍ばせていたもう一つの独楽。


 その二つ目の独楽による死角からの奇襲攻撃を引き出した雷牙は、機敏に反応しこれを寸前で避けた。


「チッ、本気とか言いつつ狡いトラップかよ」


「忍びの本気でもある、以上」


 避けて引き出したはいいものの女の操る独楽が二つに増えると、そう迂闊には近寄れない。


 難易度が増したのはお互い様と思われたが、女の独楽の操作精度は一つの時よりもむしろ増した。


 初めから独楽二つありきの雷遁術を鍛錬していたのだろう。水を得たように独楽による攻撃のバリエーションが増す。


 ゲームセンター内ではなおも危ない独楽遊びと追いかけっこが続く。


 このままでは埒が開かないと考えた雷牙は、隙を見てエアホッケーのパックを射出し、術者の女を狙撃した。


 まさかの環境を利用した攻撃に、それを避けた術者の女の集中が乱れたのが見て取れた。


 その隙を逃すはずはない。雷獣は、障害物を跳躍し一気に女の元へと襲いかかる。


 だが、その宙に浮いた金髪の男を左右から挟み込むように、唸り回転する音が迫った。


 術者の女は集中を乱した振りをしていたのか。直ぐに追いついた二つの独楽が、逃げ場のない空中にいる獲物へと同時攻撃を仕掛ける。


 好機とは時に表裏一体。雷牙が威勢よく攻撃に転じたはずも、逆に避けようのないピンチに挟み込まれていた。


 だがこれもまた表裏一体。雷牙は、攻撃を仕掛けてくるタイミングをここぞとばかりに飛び上がり誘っていたのだ。


 そのイメージが敵と合致した時、敵の攻撃を防ぐことは彼の鋭い反射神経を持ってすれば容易である。


「へっ、誘ってんだ……よっトォ!!」


 雷牙は両手に宿す雷電の冥力を一気に引き上げ、両側から来た二つの独楽を、同時に受け止めた。


 素晴らしい反射神経と、瞬時に自身の冥力をピンポイントで上げた駆け引きで、敵女の主力武器である二つの独楽の無力化に成功。


 回転が止まり勢い失った独楽はもう恐るるに足りない。独楽を握りその制御権を奪った雷牙はこのまま、手ぶらになった女へとアタックし決着をつけようとした。


「詰み手は一つとは限らない。そこはもう磁界の上の射線上」


 しかし黒帽の女は動じない。そこはもう特殊なネオジム磁石を内蔵する独楽と独楽が結ぶ、綺麗な磁界の射線上。


「射線? んだ……とっ!?」


 掴んでいた両手の独楽が勝手に押しのけ合うようにぐいと動き、雷牙の両腕を大きく開かせた。


 それはまるで宙の見えない十字架に罪人を磔にするように、反発する強力な磁力が独楽と独楽の間に極性が切り替わったように生じた。


「ハマったのはお前だ」


「馬鹿か! こんなの離しゃいいだけだっての!」


 雷牙は宙に止まった二つの独楽を両手からすぐに離した。何も手枷をされたわけではない、見えない磔の状態を破り脱した。


「遅いッ──【独楽道(こまんど)雷矢三角陣(ボルトスリー)】……ヤァァッ!!!」


 黒帽の女は天頭上に忍ばせていた三つ目の独楽を今掴む。


 そして後ろに番えるように引いたその三つ目の独楽を、バチバチと唸る雷電の弦に乗せ、矢のように放った。


 二つの独楽と今じっくりと番えた新たな一つの隠し独楽。獲物を内へと封じ込めた三角陣を形成し、いざ射出された三つ目の独楽は綺麗な磁界のレールに乗り、超高速の雷撃を纏う矢と化す。


「ッ──ぐあぁぁああ!!?」


 どこへ素速く動こうとも雷撃の独楽矢が射抜く圧倒的なスピードの前には、詰みである。


 彼女にははっきりと視える。その磁界の檻に閉じ込められた獣に逃れる術はない。


 すばしっこい獣を射止めたのは、大人が魅せる超速の独楽遊び。


 腹部へと直撃。雷牙の体はいつまでもスピンする電磁独楽と共に吹き飛ばされた。


 ゲームセンター内を貫いた一矢に、アクリルパネルが次々と割れた。川のように床に流れた銀色のメダルがまるで拍手喝采をするように、ジャラジャラと音を重ね騒ぎ立てる。


 奏でられたチェックメイトの一撃に。


「鬼に金棒、私に独楽。以上──」


 やがて、女忍者は取り出した煙草に、右の指先にまだ残る電熱で静かに火をつけた──。










 煙たい視界の先には、派手なカーテンの付いた箱がある。衝撃音が鳴ったプリクラ機の中へと、黒帽の女は煙草を吹かしながら悠然と歩いていく。


『盛れるラインに立ってね♪盛れるラインに立ってね♪』


「……一勝は一勝。──仕事をした証拠は必要か(ポーズはやはりピースか、中指か? まさかハート……)」


 狭い撮影ブースの隅には、焼け焦げ転がる黒い独楽が一つ。そして壁にもたれかかるように、金髪の男がそこにぐったりと倒れていた。


 倒した男のことを一瞥した女忍者は、黒い帽子のツバの向きを整え、正面へと直る。


 とりあえず今響いた機械音声のガイダンスに従い、慣れぬながらも勝利記念のプリクラ撮影を開始した。


『ポーズは決まったかな? じゃあ撮影開始いっくよ~。さんっ、にぃ、いちっ──』


 悩んだ末にポーズは決まる。両手にそれぞれ別々に作ったピースと中指。平然としたクールな表情で顔も大人らしく決まっていた。だが……。


 カッ────!!!


 その時、眩い閃光が走った。強烈なフラッシュが黒帽の女の視界を瞬く間に白く塗り潰した。


「ぐっ!? クソプリクラがなにをぉ!?」


 視力が元に戻るまでの数秒の間に、黒帽の女の肩が急に重さを増した。


 真っ白にぼやけていた目が戻ると、前方の撮影モニターのそこに映っていたのは──


「きさっ……女!?」


 突如現れたのは自分と同じ金髪。だが、男であったそいつは雰囲気を変え、髪を伸ばした女顔になり、黒帽の女の背にがっちりとしがみついていた。


 プリクラの効果で盛られたというのか。幻術か現実か、まだ目潰しされた視力が完全に戻らない黒帽の女は混乱し驚いた。


「ハァ……ハァ……覚えておけ。藤林雷牙改め、藤林蕾華。お前を今に超える雷遁使いの名ってヤツを……」


「なんだと!? 撮影中だぞっ!? みっともない負け犬が、しがみつくなッはなせ!!」


 このような好機をみすみす離せと言われて離す馬鹿はいない。藤林蕾華は黒帽の女を羽交い締めし、両足までホールドするように腰の前へと絡めた。


 黒帽の女は喚きながらも、ブース内に落ちていた独楽を密かに操った。


 だが、浮き上がり背後から蕾華を刺そうとした黒い独楽は、その目論みごとしなやかに伸びた青い尻尾に弾かれた。


「電気が尻尾に!? ──んぐっ、離れない!?」


 一本、二本、三本と冥力を上げて蕾華の身から立ち上がる得体の知れない雷獣の尾が、撮影もまだにブースから出ようとした黒帽の女のことを、巻きつき拘束した。


『勝手に逃げんじゃねぇ……撮影開始だ勝利への青写真、超至近……【雷遁:四尾雷(しびらい)


『・絶死音(ぜつしおん)】!!!』


 ゼロ距離、回避不可能。【雷遁:四尾雷・絶死音】──化かすように現れた四つの雷獣の尾は、開放せし忍びに刻まれた力の証。


 ただの尾雷とは比較にならない威力の雷が、敵を拘束し密着した超至近で放たれた。


 まるでスベテを終わらせるように、劈き轟く雷鳴。


 眩い青い雷光が、狭い箱の外、ゲームセンターの中までも煌々と光りつづけ満たした。





 一台のプリクラの箱の中、ボロボロに焼け焦げた黒幕の中から、よろよろと顔を出し歩き出てきたのは、一人の金髪の女。


 「雷」と刺繍されたダサくてぼろっちい黒帽子をその頭に被り、落ちていた黒い独楽の玩具を片手に掴む。


 息も絶え絶えながらも、若き獣は白い牙を剥き出し、不敵な笑みを見せた。


「……人呼んでライトニングビースト。いずれ最強の生物になる者だ。──独楽遊びなんかに負けてられるかよ。じゃな~~っ」


 ペンでらくがきを施し終えた。外付けの排出口から吐き出された一枚のプリクラシート。それを代金代わりに、沈黙した後ろの箱の中へとクールに投げ捨てる。


 藤林蕾華、ゲームセンター内で遭遇した見知らぬ女忍者との雷遁勝負に勝った彼女は、また一歩、彼女の目指す最強の生物へと近づいた。


肥えても最強忍者をお読みいただきありがとうございます。

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