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第十三話 夕陽に交わすシルエット

(忍びの三技……噂に聞いたことがあるが、まじか……。ひょっとして上がよこしたのは……ってそんな場合じゃねぇっ。隠れる意味がなくなった!)


 鶴橋綾子はもしもの時に備えて身を潜め、援護のタイミングはあるか成り行きを見ていた。


 しかし既にコンクリ武者との戦いの模様は決着していた。隠れる有用性を失った鶴橋はさっそく物陰から出てきて、謎の黒髪の王子へと声をかけようとしたが──。


 敵の忍びを沈黙させた黒髪の王子は、気づいた鶴橋のことを一瞥しただけで、まずはロープに拘束されていた対象の元へと向かい歩き出した。






 手首足首、体まで工場用のロープに縛られて身動きが取れない。


 喧嘩の中に現れた突然の乱入者。この人はいったい誰なのだろうか。


 なおも近づいてくる足音に連動するように町原由璃の鼓動が速くなる。


 この人も金髪の人と同じように喧嘩をしたい、そんな血の気の多い人なのだろうか。


 町原由璃には分からない。ただ、石を砕いて現れたその黒髪の王子はとても現実味がなかった。


 だけども、歌の詩にしても小説にしてもきっと笑われるような、そんな淡い期待を寄せてしまったのは何故だろう。


「わりぃ、待ったか?」


 そう言い、彼女の身を縛っていたロープを解いていく。とても華奢な彼女の手首や足首を縛っていたものが、汚れ節くれだった男らしいその手に解かれて緩んでいく。


 乾いた彼の唇かれ出て来たのは鋭くもなく飾り気のない、そんな等身大の一言だった。


「ううん。いっ、いつもの、だから……?」


 しばらく黙っていた町原由璃はそう彼に答えた。


 いつもと同じ、そんなことはない。こうしてどこかへと連れられて知らない喧嘩に巻き込まれているのも、高校デビューをしたここ最近の出来事だ。


 でも彼に一言問われて、彼女はそう少し嘘を重ねて言ってしまっていた。


 退屈していた訳でもない、待ち合わせをしていた訳でもない。でも何故、少し安心を覚えてしまったのだろうか。


 町原由璃は、今少し離れて改めて鮮明になった彼の顔を、とても珍しいものを見たようにじっと見上げながらいた。


「ははっ、そりゃすげぇな」


 彼は彼女を讃えてそう言い微笑った。そしてゆっくりと、ただただ、柱にもたれて座る彼女に手を伸ばした。


 初対面で微笑み返すのは少し恥ずかしかったのかもしれない。代わりに伸ばされたその手を彼女は取り、ずっと居た冷たい場所から背を起こし立ち上がった──。






「おいおい出るタイミング、見失ったどころかポンコツじゃねぇかあたし……」


 結局、護衛対象の保護もできず、戦闘で援護をする機会もなかった。握手を交わす二人の男女のことを遠くから見ていた鶴橋は、自虐気味に自分にツッコミを入れる。


「ってぼーっと盗み見てる場合でもないか。あのボロ雑巾、回収しないとな。はぁーぁ──いらないけどっ」


 お片付けの仕事がまだ残っている。鶴橋綾子は長い溜息を吐きながら、きびきびと動き出した。


 こうして忍びと忍びが派手にぶつかり合った立体駐車場の戦いは、射して来たオレンジの夕陽と共に一応の幕が下りた────。








 オレンジの夕陽の中、重なり合っていた二人の手が離れた。


「たしか町原由璃で合ってるよな。遅ればせだが、随分探したぜ」


「私は、うん、町原由璃そうだけど……そっちは? なんて言うの?」


「あぁ、俺のことなら差し詰め……大也って呼んでくれ。これからちょくちょく会うことになるだろうしな、自己紹介は必要だったから丁度良かったな。はは」


「ダイヤ……くん? そう、わかっ──」


「おーーい。ご丁寧な自己紹介のとこ悪いが、寒くなってきたし、ここからそろそろ引き上げないか。腹も減ったし、みんな色々と整理したいだろ?」


 ダウンしていた敵の忍びをその辺にあった工事用の標識ロープで縛り終え、倒れていた金髪の男のことを背負った鶴橋綾子が、大也と町原ふたりに呼びかけている。


 初めましての自己紹介が必要なのは、どうやら今目の前にいる黒髪の女子、町原由璃、彼女一人ではないらしい。


 一旦この状況の整理とどこかで飯を食べることをそれとなく提案する鶴橋。


 そんなメガネを掛けた彼女の声を聞き、大也は痩せた顎に手を添え、腹の調子を手でさすり、考え始めたが──。


「おっと、そうだな。確かに腹も出て……じゃ、あとのことは任せた! そこのメガネさん!」


「おぅ、まかせ……は?」


 鶴橋綾子は今聞こえた軽々しいセリフと、彼の取った行動を見て、唖然としたまま固まった。


 今まで悠長に自己紹介をしていたのに一転して気が変わったのか、黒髪の王子は爽やかに手を振りながら、荒れた駐車場の元をそそくさと風のように去っていった。


 彼が導き出した答えはまさかの丸投げ。


 鶴橋綾子は分からない。全く今何故、彼がそんな微笑みを振り撒いて、無責任にも後のことを放り投げ、自分が任されてしまったのかを──。


 思わぬ置いてけぼりをくらってしまった町原と鶴橋、女子二人は、互いの顔をきょとんと静かに見合わせた。









▼▼▼

▽▽▽









 立体駐車場での騒動の後日、四時間目の授業終わりの赤見高校にて──。



 昨日の荒れ模様を置き去りに新しい一日へとリセットしたように、学校生活は始まっていた。


 しかし一日が経ち変わったこともある。忍び仲間の一人との連絡が取れるようになったのだ。


 桃乃木大地は、さっそく昼休みに、指定された待合場所の生徒会室に集合するようにメッセージが送られて来たのを、自身の携帯するスマホで確認済みである。


 大地は急がず慌てぬ足取りで廊下を歩きながら、その場所へと向かっていた。


(結局、対象の二人とは無事接触することはできたな。まぁそれも俺と俺の半々なんだが……よしとしよう)


 太っちょの桃乃木大地モードの時に出会った対象の一人である〝丹波もつこ〟とは、既に連絡先を交換し合うことに成功している。


 王子の大也モードの時に出会ったのは、〝町原由璃〟。敵の忍びとの戦闘後に軽い自己紹介は済ませたものの、桃乃木大地のことを彼女はまだ知らないだろう。


 そんな少しチグハグな状況ではあったが、悪くない滑り出しであった。


(それにどうやら、昨日会ったここの忍びともこれで連携が取れるようになりそうだし、滑り出しは上々とイッ──)


 何よりも、自力で調査しなくても、ここに在籍している忍び仲間から情報をいただいた方が手っ取り早いものだ。


 大地はそんな風にあれこれ考え整理しながら、無駄なく待ち合わせ場所までの道を消化していると──。


 廊下の向こうから来ていた見知らぬ金髪の女子生徒が突然、その突き出た太っちょの腹の肉へとすれ違い様に拳をめり込ませた。


 思わず耽っていた思考を止めた大地は、今起きたことに意味が分からず。いきなり拳を入れてきた、その眼前にいる女子の顔を見た。


「よぉ、昨日はよくもやってくれたな」


「? ──なにが?」


 大地はなんのことか分からないとアピールをする。だが、金髪女子はそんな太った男の面を見て、何がそんなにおかしいのか──笑う。


「はははは! おいしらばっくれるなよ、でぶっちょ」


「初対面だろ? なんだお前、冗談はもういいか」


 耳の後ろから細い触覚のような三つ編みが両側に二つ。さらに顔の両サイドには長めの後れ毛が垂れている。それが四つの金の尾のように見えた。


 少し吊り上がった意志の強い琥珀色の瞳が、まだ挑発的に見上げ大地のことを射抜きつづけている。口元には黒いマスク、おそらくソイツは不敵に笑っていることだろう。


 やはり、そんな目の前にいる金髪の女子生徒のことなど桃乃木大地は知りはしない。「これだけ話に付き合えば満足だろう」そう思い、大地は無視して、彼女の横を悠然と通り過ぎていった。しかし──



「──お前変化の印持ちだろ? 冥力隠してても分かるぜ、なんたって俺様も……オマエと同類だ──!」



 前に歩いていた恰幅の良い男子生徒はその太い足を止め、振り向く。いや、振り向かざるを得なかった。


 口元を覆っていた黒いマスクを彼女が片方の指で摘み上げる。黒い幕が上がると、彼女は舌を下に出し口角を上げて嗤っていた。


 その不遜に垂らした舌と、吊り上がった獣のように鋭い眼を、桃乃木大地はどこかその目にデジャヴし知っている。


藤林雷牙(ふじばやしらいが)、今は雷牙あらため……最強にかわいい蕾華(らいか)ちゃんだッ、覚えてやがれよっ!」


 彼、いや彼女の名は、藤林雷牙あらため藤林蕾華。変化の印を持っている同族なのだと豪語する。


「あとこれは、ムカつくが報酬だ!! 目に刻んでとっとけ、はっはっはーーーー」


 若草色のチェック柄のスカートが、豪快に宙を舞い靡いた。


 唖然と見つめる桃乃木大地の黒い眼に、疾風怒濤に訪れる訳の分からぬ情報の波が刻み込まれていく。


「なんだ……なんなんだ……アイツ……」


 元に舞い戻ったスカートで背を向け尻をぺんぺんと叩く。


 長く垂れた四つの金髪を遊ばせ廊下を去っていく女子生徒、藤林蕾華。一癖も二癖も男でも女でもある、癖だらけ。


 そんな珍生物との遭遇とダイナミックで斬新なご挨拶に、大地はただただ呆れ圧倒されるしかなかった。










 金髪女子のスカートがひらりと舞った廊下での一波乱の後、無事なのか無事でないのか、桃乃木大地生徒がやって来たのは生徒会室。


 一台のホワイトボードと数台の机が並べられた小さな会議室のような所であった。


 待ち合わせ場所のそこでさっそくお目にかかった女子生徒は、大地が昨日どこかで会ったような容姿をしていた。


 高い位置で無造作にまとめられた茶髪のハーフアップポニーテール。臙脂色のブレザーともよく合うその知的な印象を与える赤縁のメガネの奥には、少し気怠げな瞳が宿っている。


「よし、ちゃんと集まったな」


 ホワイトボードの前に立ち今そう言った彼女の名は、鶴橋綾子。もちろんちゃんと偽名である。2年生ながら生徒会役員として、赤見高校に任務のため属し生活している。


「今ここに来てくれている桃乃木大地。あと別に昨日、立体駐車場で会ったダイヤとかいう男の忍び。以上、二人の忍びが新たにこの任に配属されたわけだな」


 鶴橋が今一度確認するように問う。


「あぁそうらしいな」


「ははは、そうらしいなぁ~」


 鶴橋の目に映る随分色々と大きな男子生徒が、桃乃木大地。そして机の上に座り足をぶらぶらさせ落ち着きのない女子生徒が、藤林蕾華。


 デカい図体の割に淡々と返事する新入りと、笑いを隠せず白々しいふざけた返事をする金髪娘がいる。


 鶴橋綾子は教育係ではない。藤林蕾華の態度など今更気にせずに、とりあえず一時の司会役を引き受け話を続けた。


「ここに集ったのは三人だが、一応これで〝五人体制〟だな」


「ははは。だってよ!」


「へぇー、そりゃ後で挨拶しとかないとな」


 もはや白々しいのはどちらもか、鶴橋は溜息混じりにまた続けた。


「はぁ……とまぁ、こんな風に現状の確認と擦り合わせをしていくのが今日のところは最優先だと思い。何か分からないところがあれば、その質問に私ができるだけなんでも答えていく形を取りたい。一からこちらで説明するよりも頭に入るだろう? と、思うのだけど?」


「なるほどな、あぁそれでいいぜ。──じゃあさっそく、対象の二人については? 二人の印はなんだ? 昨日襲ったという敵の忍びは? 俺の現在の学校での評価は? 好きなメガネの色とチャーハンは?」


「二人の印に関しては、まだ発現はしちゃいないという見立てだが。って……ちょっと待て待て、──落ち着け! 一旦多いぞ。なんでも答えるとは言ったが、聖徳太子じゃないんだそんなに受け付けちゃいない。それに私はお前の学校での評価を聞かれて教えるNPCじゃないし、あと好きなメガネの色はどちらかというと服に合えばそれでよくて、好きなチャーハンはレタスチャーハンだ。って何言わせてる??」


「ほぉー。あ、すまん、つい聞きたいことがありすぎた」


「その〝ほぉー〟はなんだ……(コイツ、いきなり何してんだ? これダメな奴じゃないよな……頼むぞ、ほんと?)」


 さっそく質問が渋滞する。それは緊張からか、それともおふざけのつもりなのか。どちらにせよ、鶴橋は赤いメガネを無意味に指先で正し、次のまともな質問をその視線で桃乃木大地へと促した。


「昨日襲って来たという奴のことは?」


「はぁ……それはさっき言ったダイヤってやつが見事に片付けてくれたよ。もろもろの細かい後片付けは、丸投げされた私がしたがな」


 鶴橋は最後に少し嫌味たらしく言葉を付け加えたが、桃乃木大地はふてぶてしくもまたすぐに次の質問を投下する。


「丹波もつこの護衛状況は?」


「そっちは近くにしつこい男がいて思ったより近づきづらくてなぁー。本当に困ってんだよ。何か良い手立てがあったら教えてくれるとこっちもありがたい」


「あぁー、アイツか……」


「ん、もう知っていたか。この学校結構素で変な奴がいるから、そういう注意リストも後で目を通しておくといいかもしれないな。一応潜入というていだからな」


 おそらく西嶋のことを言っているのは、鶴橋の本当に困っていそうな顔を見た瞬間に大地も分かった。


「分かっていると思うが任務の内容は護衛と観察。主に学校外における対象の安全の確保だ」


「あぁ。学校では襲われたことはないのか?」


「もちろん怪しい奴がいないかは念の為定期的にチェックしている、昨日は誰かの後を追っていたせいで忙しくてお前のことはチェックし忘れたがな。だが、正直そこまでリスクを犯して手に入れるものが、印持ちかどうかも分からない少し冥力のある女子高生なんて敵も徒労だろう。おそらく、それは今後もあまりないと見ていいだろう。一番狙われるタイミングは学校の門の外、放課後辺りってことだ」


 来る敵もどうやら学校内で騒ぎ立てることはない。忍びの血統ではない通称はぐれ者たち、その中でも印を発現していない者たちの扱いの難しさを大地もなんとなく理解していた。今は藤林がそれに唾をつけて見張っている、そんなあやふやな状況だ。


「確かにそうだな……。じゃあ狙われる理由は?」


「言い方は悪いが対象は舞台装置みたいなもので、昨日のような輩が理由をつけてかこつけて来てんだ。それと……誰かが無駄に呼び寄せて噂は広がってきているらしいな?」


 言い方は本当に悪いが、現状だとそうであると大地も認めざるを得ない。既に二人がなんらかの印を発現していればこれは藤林家にとっても、敵にとってもNにとっても話と扱いが変わる。しかし大地の会った二人の対象はまだ無能力の一般人であると、現状では言わざるを得ない。


「はっ、来たやつを片っ端からたおしゃいいだろ」


 藤林蕾華は机の上に寝転びながら、そう荒っぽく宣う。


「まったくこんな調子だ。まぁ忍ぶだけでなく一応倒すことも重要なのが、なんともなぁ……」


 鶴橋も意外なことに、蕾華の意見の一部を認めているようだ。


「それは藤林の看板があるからか?」


「あぁ、そうだ。よく分かっているじゃないか桃乃木。襲ってくる連中の中にも既にそっちが目的のやつもいた。本当はあたしらの方にも護衛が必要なのかもな、なんて冗談も冗談にならない可能性もあるにはある」


 名門藤林の忍びが二人の女子高生を囲う護衛に就いていると分かれば、その名を目当てに挑発と挑戦をしてくるならず者も少なからずいる。


 そういった敵を倒すことが重要なのは、やはり藤林の看板を背負っているからという他にない。


「はっ、そんなしょぼい穴あきの看板なんて背負ってねぇぜ! ははは、このライトニングビースト藤林蕾華様はナ!」


 穴あきの看板と言えば、どこかの校長室で聞いたことがある。大地は夜鈴校長が言ったその真意を少し分かってきた気がした。


「はぁ……とにかく新しい奴が来てくれてよかった。ご覧の通り、統率は取れていないからな」


(それで統率力のある者が欲しかったんだな。なるほどな)


 勝手気ままで喧嘩っ早い奴、それも男か女か分からない奴を飼っているとなれば鶴橋綾子の苦労はその場の想像だけでは計り知れないものだろう。


 しかし、統率という点ではここまでの話の運びようから察するに、既にあまり問題がないように大地は思えた。


「あぁ、これからまた色々と聞きにいくかもしれないが、とりあえずよろしく。えーっと?」


「鶴橋でいい」


「あぁ。おつるさん」


「おい、なんだその貫禄のある呼び方は。本当によろしくたのんだぞ? 〝ツルハシ〟でいい!」


「……ツルハシ! よろしく!」


「そうだ。できるじゃないか桃乃木。(面倒が二人に増えないことを祈る……)」


 何はともあれ握手を交わす。先輩の鶴橋綾子と新入りの桃乃木大地は、同じ任に就いた忍び同士、連携を取り合うことを今固く約束した。











 生徒会室での会議が一旦終わった。やるべき雑務がまだあるという鶴橋綾子とはここで別れ、大地は元来た廊下を進み戻っていくが──。


「はぁー、だるい……。おいでぶっちょ。ところでまさかオマエ、俺のことナメてねぇよな?」


 しれっと後ろについて来ているあの金髪女子が、気怠げな態度で欠伸をしながらも、いきなりそんな挑発じみたことを言い始めた。


「なにがだ?」


 大地が足を止めて振り返ると、藤林蕾華は両腕を開きこう続けた。


「ハッ、今の俺様ならあんなコンクリ野郎いつでも楽に倒せたってわけだよ! 変化の印持ちなら……分かるだろ?」


 三つ編みと後れ毛の金髪の尾が虚空に揺れ始める。こんな何もない学校の廊下で突然、冥力を引き上げた忍ぶ気のない奴がいる。


 ソイツはさらに自らの印を行使しながら、バチバチとその両手から見せつけるように、青白い電流を唸らせて威嚇しているようだ。


(なるほどその自信。変化の印により、冥力の底まで変わっちまうタイプか……)


 大地は冷静に、今目の前で不敵に笑い力を誇示する藤林蕾華のことを観察する。


 だが、彼女のことを観察し分析すればするほど、彼の口から導き出した答えは素っ気ないものになった。


「いや、無理だろ」


「あぁ? んだと……!?」


 突然吐かれた目の前に聳える余裕の笑みを粉砕し、なおかつ突き放す言葉。


 そのよもやの一言に、耳を疑った蕾華は笑みの形相を一転怒らせ即食い下がった。


 だが、その今にも食ってかかりそうな金髪女子の突き刺さる視線も気にせずに、大地は続けた。


「勘違いしているようだがアイツは弱くなかった。総合的な実力で言えばかるく中忍以上。仮にお前の冥力があの時より倍にまで上がったとして、アイツの方が忍びの戦い方をお前よりも良く知っていた。そういう奴は相手の力量に合わせた駆け引きを間違えない。つまり底が深いのは敵の忍びも同じ、きっとそのまま手堅く受け流されて、はは、元の位置に戻っていたんじゃねぇか?」


 もはや自分の持つもう一つの正体のことなど構わずに、太った大地は、女子のスカートの下の足元を指差しながらそう笑い言った。


「おい、オマエそれ──真剣(マジ)で言ってんのか……?」


 藤林蕾華は男の指差す足元の床を見ながら、やがて徐々に視線を睨み上げていき、静かに問う。


「至って真剣(マジ)、大マジだ」


 何度聞かれても、それが測った実力の通りであると大地は頷いた。


「よーっし、オマエ五時間目空いてるな? いや空けろ。ちょっとツラ貸せや」


 肥えた面へと指を差し、やがて裏返した手の甲を見せクイクイと指先を動かし挑発をする。


 指先に青い電流を漲らせながら、バチバチと焦がす気合と怒りの音が空気を伝い鳴る。


 藤林蕾華は、気に食わない分析結果を宣った桃乃木大地のことを特別な五時間目の授業へと誘った。













「なんか揺れてなーい?」


「そうか?」


「気のせい気のせい」


 紙の上に置いた手の輪郭に沿って、鉛筆で描いていた線が──ぐにゃりと歪んだ。


 今机が揺れたような気がしたと、ある女子生徒は言うが、きっとそれは気のせいだと、メガネを掛けた隣の女子生徒が素っ気なく返した。


 美術室の生徒たちはそれぞれ授業の課題に取り掛かる。輪郭を取った手のクロッキーを、友達とおしゃべりをしながら描いていく。





 五時間目、二人だけの特別授業は校舎屋上で──。


 静寂と風が支配するその場所に、慌ただしい足音と乾いた衝撃音が響いた。


 やがて足音は止まり、一人の荒い呼吸音が、青い天に吹き抜けるぬるい風の音に混じり合う。


 屋上にて苛烈に交わり始まっていた特別授業は、既に佳境を迎えつつあった。


 そこには汗ひとつかかずに平然としている太っちょの男子生徒と、対照的に、もう既に息を疲れ切らしている金髪女子の姿があった。


「ぜぇ……はぁっ……おい、ナメてんな! でぶっちょに用はねぇ、さっさとあのスカした王子に──なりやがれェェ!!!」


 怒れる藤林蕾華が、掌を擦り合わせ【雷遁:尾雷】を放つ。練り上げたその痺れる冥力の奔流を、前方へと惜しみなく両手を開くように咲かせ、一気に飛ばした。


 それは、もはや遊びの範疇ではない。


 目先に悠然と聳えるでかい的へと目指す怒り迸る青い雷撃を、しかし彼は避けない。動じない。


 大地は両手を円を描くように空中に滑らせながら、放射された荒々しい雷撃を自身の臍へと一挙に集め出した。


 そして束ね、圧縮し、コンパクトにした青い冥力の塊を──なんとわし掴み、片手で握りつぶしてみせた。


 一気に圧縮された青いプラズマが熱量を上げ、散り弾け、白煙を辺りに垂らす。


 やがてその白く煙るカーテンを裂き現れたのは、でぶっちょではない。


 もっとスマートかつ素速い、研ぎ澄まされたシルエットであった。


「ッ速っ!?」


 琥珀の眼が捉えたその影は、一瞬にして彼女の間近へと肉薄した。


 雷遁の忍法を放った直後の隙をつかれ、蕾華の視界は一回転した。気づいた時にはもう抗う時間もなく、その影に圧倒され瞬く間にその身を床へと叩きつけられ制圧されていた。


「喧嘩売るなら相手選べ。──死ぬぞ?」


 まだバチバチと抵抗し鳴らす青い電流を溜めた手。その獣のような娘が寝ながらに繰り出そうとした不遜な右手を、彼は鏡合わせの左手の力で、しっかりと握り繋ぎ封じ込める。


 仰向けにきつく組み敷かれた金髪の獣を、黒髪の王子は鋭い眼光で射抜いた。


 息の根を止めるような黒い双眸が、お遊びはここまでだと、無言にも知らしめる。


 そして今、性懲りも無く差し出した悪戯なその左手さえも、一回り大きな雄の掌が押さえ込んだ。


 荒げる息は、整わない。


 自分よりも強いその未知の生物を前にして、藤林蕾華の脈打つ鼓動は知らずに速まった。


 眼前に被さり睨む黒髪の王子は、冷徹な眼差しのまま笑わない。


 完膚なきまで大人しくされた金毛の獣は、こぼれる冷や汗も拭えやしない。


 屈辱と敗北と何かが、一緒くたに混ざり高鳴ったその未知の感情を、ニヤリ──白い牙のこぼれる不敵な笑みを見せつけて表した────。


肥えても最強忍者をお読みいただきありがとうございます。

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