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第十話 ペットかわずや

 蛇腹市繁華街での任務を終えて二日後。ある用件を伝えることも兼ねて、この日、父の店【ペットかわずや】に手伝いに訪れた百地大地であったが──。


「て、お前ら何やってんだ(鈴ねぇの差金か……?)」


 夕日のオレンジの中、影を並べて、ペットかわずやを訪ねたのは三人組。


 大地のよく知る三人娘、藤林夜翠、古林綾女、土門美沙、緋ノ小隊で先日の任務を共にした彼女らの可憐な私服姿であった。


「えぇ、少し……は?」


「って『何やってんだ』はそっちでしょ!」


 蛇のマフラーを首に巻き、腕の枝に鳥たちを集わせ、懐から猫がこんにちは。


 太った人間の開幕するどうぶつサーカスか。そのはちゃめちゃな光景に古林綾女は入店早々にツッコミを入れた。


 店員として動物たちと戯れ餌を与えていただけの大地であったが、客観的に見ておかしな状態にあることに今気づいた。


 戯れて来ていた店の動物たちを散らせて、もう一度仕切り直し、大地は今来店した彼女らに問うた。


「おっとすまねぇ。ってだから何でここにいんだ?」


「はぁ……この前の任務。……その件よ」


「この前の任務が……どうした?」


 夜翠は溜息混じりに話を切り出した。大地は内心驚きながらも淡々と夜翠に聞き返す。


「ボタン通信機だけじゃカバーできない範囲があると思っただけよ」


「あぁー、なるほどな? それで子口(こぐち)を」


 通信機が途絶えた時に機能するのは子口のみ。忍者にとって伝統的でアナログな子口は、通信手段としての信頼性が現代機器に勝る場面もあるのだ。


 そのことを前回の任務の失態と言えるもので、どうやら藤林夜翠らは学んだらしい。


「そうっ、結果的にはあなたの持ち込んでいた子口が、サザ先生やその……ダっ……ダイ……だだっ」


 突っ立ち前に腕を組み、白いワンピース姿の藤林夜翠は冷徹なトーンで語っていたが、途中から目線をあちこちに、口調がたどたどしくなり──。


「あのげこげこは? 死んだ? ダイ?」


 すると、土門美沙がその間に口を挟んだ。その暗号のような言葉を聞いた店員の大地は、緑の前掛けに付いた左ポケットをおもむろに撫でる。


「あぁ? あぁー、こいつなら無事だぞ。どうやら相当に運が良かったらしい、はは」


 やがて、青い蛙がぴょこっとポケットの中から顔を出した。そして、土門美沙の持ち込んでいた砂入りのポシェットの中へと飛び込んだ。


 女子三人は今賢く元気に呼ばれてやって来た、青い蛙のことをじっと見つめながら──


「「「じゃあ、これください」」」


「ってなんでだよ」


『ジャコレクレ、ナンデゲコっ』


 優秀な子口を求めて、お嬢様方のご注文は決まったようだ。







 敵のジャミングや傍受への安全性、そしてある部分では秘匿性に優れた子口の重要性が分かったところで──。


「ってクソもちのおすすめとかは? 店員なのに教えてもらえねぇわけ?」


「おすすめか。それならコイツだな」


 古林におすすめの子口を問われた店員の大地は、店奥へと小走りに向かい、また悠然と歩き戻りながらそのおすすめを引き連れて来た。


 赤いリードをつけられた白い毛並みの子ヤギの姿であった。


「おお、ヤギ。……ってないでしょ!」


「可愛いだろ?」


「忍べてねーんだよ!」


「こんなに人懐っこいのに?」


「ちっとは疑ってくれなきゃ困るだろ! ってほんとにすぐ懐いてる! よしよしどしたそんなに……ってだからッ、子口として使えなきゃ意味ないでしょうに!」


 足元にトコトコと近づき、乗り上げようと前足を客の脚にかけるその子ヤギのことを撫でながらも、怒涛のツッコミを入れた古林綾女。


 誰彼構わない人懐っこさと、このちっとも忍べていないサイズの子口など求めてはいない。古林は正論を述べ、店員のふざけた言動を突っぱねたが──。


「その通り、使えなきゃ意味ねぇってことを言いたいわけだ」


「なるほど……ってなるか! 分かってるのそんなことっ! おすすめを聞いてなんでそうなるのよ!」


 この男もっともらしいことを言う。ふざけたおしたあげく、まるで最初からその答えを用意していましたと言わんばかりの自信ありげな余裕を見せる。


 だが、そんな自分だけが気持ちよくなるインチキな手法を古林は見抜いている。ツッコミ損にはさせまいと、話を『おすすめを聞いている』という最初の地点へと戻した。


「と言ってもなぁ。普通に通信機器使えばいいじゃん?」


「おまっ……!? それ言ったらこの店の存在意義は……まるで店員失格じゃないのか?」


 もはや話の以前へと戻った。そもそも子口ではなく上から支給された通信機器を頼った方が良いのではないかと、そんな身も蓋もないことを店員の男は言い始めたのだ。


 なぜペットの子口を売っている店の店員がそんなことを言ってしまうのか、古林は呆れを越して逆にこれを店員として採用している店の経営の方が心配になった。


「身につける便利な物と違って、生き物相手はそれだけ難しいってことを言いたいわけ。不便さをどれだけ我慢できるかってのも、結構重要なんだぜ」


「いちいち回りくどいっ! ぬぬぬぬ、でも分かっちゃう……(まさか試して?)」


 元気な子ヤギを膝の上に乗せ撫でる。古林は難しそうに眉間にシワを寄せながらも、ついにツッコミをやめ肯定と取れる返事をしてしまった。


「そうね。道具以上に慎重に選ぶべきなのは同意だわ」


 藤林夜翠もこれには同意したようだ。静かに頷いている。


 大地は子口売りの店員としての身のある説明を果たせたからか、親指を静かに立て、それをこっそりと古林へと見せつける。


 古林は顔を顰めながらも、夜翠様が同調したとあっては何も言えず、ただ調子に乗った店員に揶揄われてしまった。


「もちもち、げこげこは売らないの?」


「そんなに気に入ったなら、こいつをいくらかで売ってもいいにはいいんだけどよ。ま、そう焦らずにせっかくだから色々気の済むまで見てみればいいんじゃねぇか?」


 よほどこの前の任務にいた青い蛙のことがお気に召したらしい。そんな土門に問われるも、せっかくだからと【ペットかわずや】の店内にいる子口たちを見て回るように彼は彼女らに勧めた。


(どうやら……思わぬ宣伝効果があったらしいな。と言っても、今日は俺にも用事があって困ったもんだな。邪険にするわけにもいかず、当然下手なものを買わせるわけにもいかず……まぁ〝最後だし〟気の済むまで遊ばせて帰るのを待つか)


 結果買うまで至らなくても、うるさい店員の話を元に、彼女らの目で目利きをしたのであればそれでいいと大地は思った。


『レンタルもできますよ!』


 聞き慣れた声が店の奥から響いた。しかし気のせいだろう。振り向きちらりと見えた存在を、恰幅の良い店員は無視をする。


「でな、こいつはな、なんとこうしてシュレッダーにもなる優れたヤギで──」


「大地いい! ご足労の藤林家のお嬢様方をさっさと奥へとお連れせんかい!!」


 屈み子ヤギに与えていた紙屑が後ろへと吹き飛んだ。大声の響いた方を、目をイヤに細めた大地が再び振り返ると──


 蛇のマフラーに、鼠のポケット、イタチが懐から素早く顔を出し、オウムが四匹肩や腕に留まっている。そんなどうぶつサーカスの上演は本日二度目か。


 急にオヤジがしゃしゃり出て来た──。








 大地の案内で緋ノ小隊の一行がペットかわずやの奥へとしばらく進んでいくと、また違う看板のドアが現れた。


 そう、父・百地圭介の営業するペットショップの裏では、母・百地恵が小洒落たカフェなるものをやっていた。


 ここは時間帯によって、朝と昼間は普通のカフェ、夕方以降は生き物たちと触れ合えるそんな特殊などうぶつカフェとなっている。


(まぁ前代未聞だろな。猫カフェの前で猫を売っているようなもんだからな)


 立ち止まった大地は、ふと古林の方を見る。


「なに?」


 大地は無言で前掛けの生地を裏返し、緑から黒に変える。そして、たるんだ腹に後ろの紐を締め直した。


「はぁ??」


 心の呟きはツッコまれず、古林は不審な太っちょに顔を顰めた。


 やがて母親が既に手招くカフェの中へと、大地は三人を案内した。




 時刻は夕方、どうぶつカフェ《いのなかコーヒー》にて──。


 何も井の中の蛙がコンセプトではない。いのなかとある通り、いなかの喫茶店の雰囲気が漂っている。店内は小さいながらもそんな古風で落ち着いた様相を成している。


 しかし落ち着かずにいるのは、カフェの中へと引き連れて来た動物たちだろう。


 ペットかわずやから女子たちがそれぞれレンタルした子口たちに、カフェで提供されている特別な餌のクッキーをやる。


 そんな動物たちの愛くるしい食べっぷりを見ながら、飼い主は母恵の淹れたコーヒーを飲みつつゆったりできるのもまた、この店ならではの魅力的な要素だろう。


 そうしてレンタルした子たちと時間を共に過ごしている内に、気の合う子がいたら買ってくれればいいのだ。


「はぁー、ヤギ吉と遊ぶのもいいけど私はちょっと小腹すいたかなぁー」


「そうね、思ったより長居してしまったわ。コーヒーに合う食事のメニューとか貰えるかしら?」


 もちろんここには、ペット子口用のものだけでなく人間用のメニューも豊富にある。


 大地の父が言われて飛び出し今メニュー表を持ってきてくれたようだ。


 なかなか居なくならない父よりそのメニュー表を受け取ったカフェ店員役の大地は、それを彼女らのいるテーブル席の上で広げていった。


「あぁ小腹がすいてコーヒーに合う俺のおすすめだと、そうだなこの【ミックストースト】か、確か後ろの方に──」


「え……これ?」


 藤林夜翠がそれを目撃した時、何かに気づいた。


 次のページへとめくっていくと何故かそこには、大地の知るメニューがない。


 代わりにほっそりとした黒髪の男が、ページの一面にデカデカと現れ、覗くこちらに微笑みを向けていたのであった。



⬜︎

お忍びダイヤモンドの【ちったぁ忍びやがれ?】


大ボリューム39P 写真集、壱の巻発売中


2222円

⬜︎



 そんなメニューはこのカフェには存在しない。だが、今目の前のページに忍ばずに映るそいつのことを彼は良く知っている。


「──ぶっ!?」


 大地はすぐさまメニュー表をぱたりと閉じ、机に押し付け、カウンター席の端っこに座る父圭介の方へと向かって行った。


『何やってんだよオヤジぃ……!』


『すまんすまん間違えたようじゃ。本物のメニューはこっちだったナー』


 声に出さずに唇の動きだけで父と息子は会話を始めた。


 そして今父からさっと出された本物のメニューを開いていくと、そこにもさっき見た微笑む男の姿が途中に挟まっていた。


『ふざけんな! なんで俺がメニュー表の間にいるんだよ! って加工すんな! あんな服着た覚えも微笑んだ覚えもねえぞ、俺はフリー素材か! そもそもお忍びダイヤモンドって誰だよそのだせぇの! 壱の巻ッくだらねぇ!』


『……大地、忍べ(もう100部は売れている)』


 必死の形相で口をぱくぱくさせる太った息子の両肩に、父圭介は両手を静かに置きそうひっそりと囁いた。


『そっちがな、忍ばせんのをやめろ! はぁ……まったく、まさかこんな形で勝手に働かされていたとは……(てか100部ってなんだよ……よく売ったもんだなそれ)』


 肖像権を無視した親の商魂たくましさに、大地は諦めの溜息を吐くしかなかった。



「なんで突然イケメンがメニュー表の中に……。写真集……ってことは本編はこれよりももっと? わっ、私は興味ないがなっ! って開くごとに脱げてるぅーーっ!? なななんだコイツ!?」


「もっとげこげこ? ぱらぱら、ぬぎぬぎっ?」


「ダ、ダ……ダイヤ……さ……ン!?」


 土門美沙がテーブルの上に残されていたメニュー表を開いていく。次のページをめくる度に徐々に、そこに映る黒髪の王子の持つ肌色の肉体美が露わになっていく。


 夜翠はぱらぱらと映るその男の1シーン1シーンに、大袈裟なリアクションをする。思わず上品な仕草で口を両手で覆っているが、目を隠さなければ意味がない。


 女子三人組は、反応様々にほっそり男のお忍びダイヤモンドに夢中だ。


 もはやなるがままに任せるしかない。百地大地は慰めるように肩に乗る青い蛙に、ふやかしたビスケットを一欠片与えながら、また忍んで溜息を一つ吐いた。


肥えても最強忍者をお読みいただきありがとうございます。

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