第一話 その名は百地大地
⬜︎登場キャラクター①
百地大地:
Nに所属する高校1年生
Nに管理登録されている印は【変化】
身長 だいたい175cm
体重 その日の体調による
あだ名はクソもち
両親との仲は悪くないが現在は訳あって、一つ離れた町で普通の学校に通いながら一人暮らしをしている。
なるべく忍びとは無縁の少しでも明るい将来のために、アルバイトをしている最中だ。
⬜︎
時代に逆行した24時間営業のコンビニエンスストア、ブラッキーマート。闇夜に沈む旧道沿いに立つその店は今日も明かりを灯し、眠らない人々の拠り所となっていた。
忍ばずに営業をつづけるその店内で、深夜のアルバイトをしている男の名は、百地大地。彼は人よりふくよかな体を持ち、その皮の下に人よりも多いエネルギーを溜め込んでいる。言ってしまえば肥満体質の若者だ。
(腹減ったなぁ〜)
冷気を浴びて涼む。肥満体質の彼は商品を陳列しながら、目の前の紙パックのカフェオレに一本のストローをさした。
(水遁、ユキジルシ)
屈んだ百地はストローを左へと折り曲げ、紙パックをぎゅっと握りしめる。後ろから来ていたお客様の目ん玉を、ストローの先から噴き出した茶色い飛沫が鋭く狙撃した。
「ッぎゃ!? んむむむむ!! んっ、んーー……」
ささっと首を絞めて、気絶した赤いニット帽のお客様を近場のトイレへと運び込んだ。
用を済ませてトイレから店内へと戻って来た百地は、既にレジ前に並び立つ別の客の姿を見つけてその対応に向かった。
「肉まんください」
(深夜は肉まんがよく売れる。あぁー、俺も食べたくなってきた)
百地はその女性客の指先を目を凝らし見つめる。客が指差し注文した商品は、プレーンな肉まんだ。
店員の百地は、ホットショーケースを開く。眠気眼で指定の商品をトングで掴み、手慣れたように包みへと詰めた。
「はい。肉まんおひとつ168円になります」
お代は、やはり手裏剣か。目を離していた隙にたくさんの冷たい鉄色の星が百地の視界一面に散りばめられていた。
「手裏剣10枚からお預かりします」
肉厚な指先が操る銀色のトング。その間にかっちりと厚く重ねて収まった手裏剣の数は、十枚。お相手はなかなかの手練れと言える。
当然こんな鉄屑はお代にはならない。百地は驚く迷惑な客へと、すぐさまトングを前へと出し、その自慢の小鼻を摘んでやった
「いたたたたたた!!? まっ、マへ!? わふぁしはNのッ!」
「え? ピザまんも追加で? お買い上げどうもありがとうございました」
NやMやSであれ、くのいちだろうと迷惑料はきっちりと徴収する。小鼻を挟んでいたトングを離し、安心したくのいちの頬をトングの平らな部分でひっぱたいた。
後ろの陳列棚へと、迷惑な女性客が弾き飛ばされ突っ込んでいく。
宙にふらふらと漂う、忍べていない白い帽子がカウンターの上に落ちた。
深夜に食べる肉まんとピザまんはとても美味しい。両手に客の残した2つの商品を抱える。そのあたたかな温もりが、冷える深夜の手を伝う。
散乱した光景を見届けながら、この後の片付けとざっと弁償の算段を付けてみるが、彼はもう考えることをやめた。
「肥えつづけるはた迷惑な忍者組織Nか……。──人のことは言えないが」
百地大地は今日また、アルバイトを一つやめた。
▼
▽
この町に吹く春の夜風は少し暖かい。午後6時27分、百目市百聞町にて──。
玄関にある靴は男女二足、今自分が脱いで丁度三足。しかし僅かな塵汚れの散り方が示すように、ここを通った靴跡の数がどこか多い気がする。
百地大地はさっそく足元を訝しみ見ながらも、久々の実家の中へと帰って来ていた。
そして既に部屋中に漂うこの匂いは、焼肉。今夜は焼肉、それもきっと良いお肉、そう──。
「だいちゃんの大好きなやっきにっくでぇーーっす!!」
結局ここに戻ってきてしまった。
飛び出した、開幕早々のおさげの女のするダブルピース。百地大地は相変わらずの母の高いテンションに、久々である実家の居心地と空気感を思い出した。
食卓を囲み並ぶのは、百地圭介と百地恵。この狭い一軒家に住む百地大地の両親だ。
どうして大地が実家へと戻ってきたかというと、やはりあの一件で隣の隣の町のコンビニのバイトを辞めてしまったからだろう。
ここよりももっと狭い質素な借家の中で、自身の腹の贅肉をさすりながら相談した結果、やはり彼は実家へと一時戻らざるを得なかったのだ。
お茶目なダブルピースをする母により、さっそくホットプレートの上にお肉たちが並べられた。百地大地は普段食べ慣れている赤身の多い方が好きだが、こうサシの入った贅沢な肉のことも嫌いではない。
(まんまと餌に釣られたわけだ。飢えた豚は悲しいものだ)
自分のことを心につぶやき自虐する。百地大地の体は燃費が悪いのだ。
黒いプレートの上が赤く賑わい出した。脂をいい音で弾けさせる目の前のお肉たちのことが、大地には輝いて見えた。
しかし、肉を焼くと同時に進行する現実というものは、煙りだし雲行きが怪しくなっていた。
「Nに属しているなら仕事は割り振られる。そろそろお前の携帯にも無視できない量の通知が溜まっていることだろう」
突然口を開いたのは大地の父、向かいの席に座っている百地圭介だ。お姫様タイプの母と比べて、客観的に見てその風貌は美男子とは言い難い。そんな蛙のような面をしている男だが、母のことを口説き落としたというものだから大したものだと、大地は父のことを尊敬している。
「ぐっ……Nのアプリ……あれぇ、アレはちょっとなぁ……」
父に問われた大地はしかし、既にNのアプリを自身の携帯するスマートフォンからアンインストールしていた。おかげで任務の催促は来なかったものの、お邪魔虫たちはたくさん彼の元へとお越しになっていた。
「まったくそんなことだろうと思ったぞ……。さて話は変わるが……大地、お前はこれから【藤林夜間忍者学校】に通え」
「藤林……へぇー、名家じゃん。無理じゃね? 俺なんか受け入れるか?」
藤林といえば忍者界の中でも有数の名家。基礎忍術を初めて体系化し、数々の奥義書を後世に残したインテリ衆だ。大地もさすがにその名を知っていたようだ。
「今言ったそれが条件だ」そう言わんばかりに、大地が今肉を返そうとした割り箸を、父の操る箸に上から摘まれ止められてしまう。
大地がどの肉を選び取ろうと、父の箸が次々と邪魔するように彼のする行動を封じた。
『本当に衰えているのか疑問だ』機敏な反応を見せる父に対してそんな風に思いながらも、大地はまた困った表情を浮かべた。
「俺、忍者業は今はちょっとなぁ。今のうちにバイトとか経験しときたいし。──あ、ソレもう返してオヤジ」
親父は今のたまった息子の情けない言葉を呑みながらも、それはそれは鮮やかな箸捌きで、肉を素速くも淡々と裏返していく。
そして全てを裏返し終えると、親父は叫んだ。
「ママの身に何かあった時に守るのが息子のつとめだぁ! だからこそ今のうちに学校へ行きそこで忍耐をよく焼きっ、藤林の秘伝を学びッ、一番の忍者になれ!」
「一番って……鼻になれってことか? そりゃ無理だろ。この体型で?」
【鼻】とは小隊を率いることを任される成績優秀な忍者のことだ。一人で勝手に行動をしがちな大地にとって無縁なものであった。
「とまぁ……強い息子を持っていると何かとペットを売り込むのに便利だからな」
「おい、本音が透けてんぞ。最近始めた事業を息子の出来に託すなよ」
『たすくゲコっ』
急に恥じらい頭を掻きだしたと思えば、そういうことかと。大地には父の企んでいることがよく分かった。
(今オヤジの懐や着物の袖から出てきた小さな蛙の姿をしたこいつらは、【子口】という。声を真似たり遠くの声を受信することができ、忍びたちの連絡手段になる。特殊な訓練を受けたペットのようなものだ。俺のオヤジは現在、一儲けしようと忍者業よりもこのペットの売り込みにご熱心なのだ。とにかくなんでも手をつけてご苦労なことだ。ま、俺も他人のこと言えねぇが)
「「他人じゃなあああい!!」」
「へっ!? おっ、おぅ……そうだな、ごめん」
2人して息子の心の声が聞こえていたというのか、何の忍術を使ったのか、それとも唇の動きが読まれるほどにだだ漏れになっていたのか。
驚いた大地は思わず不注意な自分の口元を片手で抑えた。
そして大地は、テーブルを叩き仲良くこちらへと身を乗り出したオヤジとママに睨まれ、気押されたままに謝っていた。
「とにかく忍びの世界は、上下関係だ。息子がそのていたらくでは店の箔もつかんのだ! それに見たところ忍術の腕も落ちとるじゃろ。そういう訳でリハビリがてら頑張ることじゃ。いつまでも野良忍とはいかぬ。もう既に、警告が何度も来たじゃろう?」
「あぁー、あのお客さんたちのことか。迷惑料とって商品の補填をするのも限界だったぜまったく」
「これで分かったな。Nからは──」
「逃れられないだろ。はぁ……そりゃもう嫌ってほど。普通に迷惑だったよ」
「それに腕も落ちておる」
「なにも二回言わなくてもいいだろ。普通に……ってそれ……」
父圭介が手に取ったタブレットからあのコンビニでの一幕の映像が流れる。どうやらお代に出された手裏剣の全部を拾えていなかったようだ、レジの後ろの壁に手裏剣が一つ突き刺さっていた。
映像としての証拠が親たちの手元にある限り、下手な言い訳はできない。特に忍者として、息子のことを幼少から厳しく育て上げてきた父圭介はこの不出来を見逃してはくれないだろう。
「……」
「良い忍者の条件は」
「任務をたくさんこなすこと」
(俺が問われて返したのは、耳にタコができるほど言い聞かされたオヤジの言葉だ。オヤジは千の任務をこなしたって噂の中々すごい忍びだったらしい。ママともその任務先で出会ったんだって。つまり俺は、親父があちこち手をつけてないとここに生まれていない。なんか、そう思うと……)
放浪し忘れかけていた父、百地圭介の言葉を今百地大地は思い出す。
「うむ!」
オヤジは両目をしみじみと閉じ、首を縦に深く頷いた。
「がんばってだいちゃん!」
ママは落ち込む息子のことを元気づけるために、焼き上がった端から端までの肉を美味しいうちに皿の上に盛り合わせた。
「「家族のために! お肉のために!」」
「そりゃ……頑張るしかねぇな」
これが百地流の肉焼きの忍術。空になったホットプレート、大皿にこんもりと盛られた肉汁溢れる肉のタワーの上から、特製のタレを堂々とかけていただく。
今息子へと見せる家族の笑顔は何ものにも代え難い。
こうして百地大地は、藤林夜間忍者学校に入学することになった。
▼
▽
午後10時38分、穏林市水鬼町、私立穏林高等学校にて──。
夜間忍者学校への入学の手続きは、大地の親父が済ませてくれていたようだ。
表向きここは私立穏林高等学校とあるが、月の照らす夜になるとその忍んでいた姿をひっそりと変貌させる。
明かりの落ちた真っ暗な校庭を抜けて、体育館の中へと続々と集まった総勢十八名の影たち。
彼らは、中忍の資格を持つサザ先生の指示に従い暗闇の体育館の中へと整列した。
十八名の影。そのすべてが今年度の藤林夜間忍者学校へ入学した新入生たちだ。今はまだ実績のそれほどない、期待の忍者の卵たちと言ったところだろう。
しかし、今並ぶ顔ぶれに男がいないのは何故だろう。いや、大地はそれが何故だかは知っている。
名門藤林は今や、男の忍者よりクノイチの方がその数が多いのだ。細かな要因までは知り得ないが、忍者としての受け継ぐ才能が女性の方に偏りがちなのだと言う。
どうやら今年は特に多いらしい。そして、今集めた生徒皆の前に立っている、ここの校長も──。
天から射す一筋の円いスポットライトが照らしたのは、後ろに纏めしっかりと結われた長い藤色の髪。黒いスーツ姿で決め込んだここの校長、藤林夜鈴。長い脚で堂々とそこに立っていた。
「それではご入学の一年生諸君には、その能力を測るためにこれより七種の【基本忍術】を披露してもらう。先ずは〝手裏剣術〟これを見るだけで、諸君らのだいたいの実力は分かるというものだ。そこに三枚一組の手裏剣を用意した。では、長話は忍者のすることではないということで、さっそく急ぎ取り掛かってもらおうか。私も見てやれる時間が限られているものでな」
女校長の長話はこれまで。
入学おめでとうの一言もなく、さっそくここにいる玉石混淆の者たちを篩にかけるため、基本忍術の披露による能力測定を行うのだと言う。
もちろんそんなことはこの場の誰も聞かされていない。だが、皆既に察していたことだろう。
おもむろに左腕に身につけていた腕時計を見つめた紫髪の校長は、話を終えた皆の前からはけ、壁際に用意されていたパイプ椅子に腰掛けた。
暗闇に支配されていた体育館の明かりが次々と灯る。
開始の合図は煌々と光るが、定められた順番などは特にない。
我先にと黒い布のかけられた長机に用意された手裏剣セットをかっぱらい、生徒たちは手裏剣術の実演の準備に移った。
大量の風船が、サザ先生の用いた風の忍術で散りばめられる。体育館中に意思を持ったようにぷかぷかと漂いだしたそれら色とりどりの風船が、今回の手裏剣術披露のターゲットということだろう。
口元まで覆う今時珍しい旧式の忍び装束を着た寡黙な忍び。サザ先生の披露した忍術は中忍レベルではない、彼はそんな舞い上がる風船のパレードに見とれていた。一足も二足も他の生徒たちより出遅れてしまったのは、何も太足のおデブだからではないのだ。
校長の話を聞きマイペースに動き出した百地大地は、長机に並ぶ売れ残りの手裏剣たちを品定めするように眺めていた。
(Nの支給品の規格じゃない……どれも微妙に形が違うな。もしかしてさっきの急かす台詞は、道具を選ぶ目利きも見ているのか。──じゃ、俺はこいつに決めた。一番滾っててだらしないやつ)
風船の割れる音が体育館中に響いている。と言っても試射できる手裏剣は三枚なのだから、あれだけ飛ばされた大量の風船を全て割られる心配はないだろう。
それに的は止まっているものばかりではないのだ。結んだへそから空気を噴射し位置取りを小刻みに変えている。やはり、中忍レベルではない。
大地はサザ先生の目をちらりと盗み見た。その瞬間目が合ってしまったからか、体育館を踊る風船たちの動きが先ほどとは機敏に変わった。
大地は思わずその寡黙な中忍の取った意地悪な遊び心に、笑みを浮かべてしまった。
やはりこれには丹念に秘され練られた水の息吹が宿っている……。
妖しい気の伝う特別な手裏剣を、ゆっくりと一つ手に取り、さっそく一番速い黄色いターゲットへと構えた大地だったが──。
「おい、何しているお前はこっちだ。百地大地」
パイプ椅子に脚を組み座る例の紫髪の校長に、集中を高めていた良いところで呼び止められてしまった。
「え、でも皆やってますよ」
構えていた手裏剣を下げた大地は、少し不満げなふくよかな表情で、遠目に映る校長へとお言葉をお返したが……。
「お前のような余所者に教えてやる忍術などない!! それは手にすれば一発アウトのハズレの手裏剣だ馬鹿者!! 仮にも藤林の門をくぐった忍者がそのような粗悪な道具を選び取ってどうする!!」
離れていても耳穴を貫くような女の怒声で一喝された。
鼓膜を震わせる鋭い一喝に、手裏剣術の実演真っ只中であった体育館の空気が一瞬で凍り付いた。
体育館に響き渡るその怒声の威力に押しのけられたのか、宙に浮かぶ風船の動きも活気を失い大人しくなった。
大地がふと目を合わせたサザ先生は、特に乱れていない黒い口布を指で直す仕草をし、静かにその目を逸らした。
「そうよそうよ!」
「おーかえれかえれ!」
「あぶなー、それ私も地味に狙ってたやつだ」
「ばーか」
「ふっ、たるんだ腹を引っ込めて出直してらっしゃいってのクソもち」
周りの女子生徒たちは、今どぎつく叱責された太っちょで場違いの男子生徒を次々とのっかり嘲った。
「余計な口を叩くな! 黙って基本忍術の実演に取り掛かれ。その成績いかんによって今後の任務を振り分ける、精進するように。──おい、サザ先生、後は見てやれ。私は藤林の上忍としての示しをつけるため、一番腑抜けたこいつのことを叩き直すことにした」
「ハイ校長……」
サザ先生はか細い声で返事をし、この場の女子生徒たちを監督する引き受けるその任を承った。
「しょっぱなから最悪に……歓迎されているようだ」
同じ入学者であるクノイチの卵たちからの厚い声援と、校長直々のお熱い叱責とお誘い。
予想はしていたものの、困り果てた大地はただただ肉付きのいい己の右の頬を掻いた。
藤林夜間忍者学校、ここに揃う美しいものには棘がありすぎる。
忍びの世界は余所者のデブに甘いわけはない。とんでもないアウェイの地へと、百地大地はそのだぶついた太足で踏み入れてしまった。
肥えても最強忍者をお読みいただきありがとうございます。
この小説を楽しめたって方は、ブックマーク登録と評価感想をお願いします。やる気が……出ます!




