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娘の代わりに、産んで。~不妊を装い、実母を『代理母』として利用した悪魔の娘~  作者: 品川太朗


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9/10

第9話:『幸せな家族』の奴隷


 午前五時。


 スマホのアラームが鳴る前に、私は目を覚ました。


 隣の布団で寝息を立てているのは、一歳になったばかりの美羽みうだ。


 夜泣きで三回起こされたせいで、頭は重く、体は鉛のように怠い。  鏡に映る私の顔は、くすんでシワが増え、四十七歳という実年齢以上に老け込んで見えた。


 ――休みたい。


 そんな本音を冷たい水で洗顔して流し込み、私はキッチンへと向かう。


 夫の博、娘婿の健太、そして美羽の離乳食。  三種類の朝食と、男性陣二人の弁当作り。  それが、私の朝のルーティンだ。


「……ふあぁ。おはよー、ママ」


 七時過ぎ。  香ばしいコーヒーの匂いが立ち込める頃、莉奈が起きてきた。


 シルクのパジャマに、整った肌。  睡眠十分の彼女は、朝から輝くほど美しい。


「お母さん、おはようございます。あ、今日も鮭か。うまそう」


 続いて健太君も起きてくる。  彼はもう、私に対して恐縮することはない。  「便利な同居人」として完全に認識している態度だ。


「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」


「ありがとー。あ、ママ。美羽が起きたみたい。泣いてるから見てきて」


 莉奈はスマホをいじりながら、トーストを齧る手を止めずに言った。


 本来なら母親である彼女が行くべきだ。  でも、この家では「おばあちゃん(私)」がやるのが当たり前になっている。


「……わかったわ」


 私はエプロンで手を拭き、小走りで和室へ戻る。


 ギャン泣きする美羽を抱き上げ、オムツを替え、あやして落ち着かせる。  美羽は私を信頼しきった目で見てくる。


 当然だ。産まれてからずっと、この子の世話をしてきたのは私なのだから。


 リビングに戻り、美羽に離乳食を食べさせていると、莉奈がスマホを向けた。


「美羽~、こっち向いて! キャハ、可愛い~!」


 パシャリ。


 莉奈は「忙しい朝も、娘の笑顔で頑張れる♡ #ワーママ #1歳育児」という文章と共に、画像をアップする。


 そこには、スプーンを運ぶ私の皺だらけの手だけが、背景のように映り込んでいた。


「すごいね莉奈ちゃん、また『いいね』増えてるよ。自慢の妻だなあ」


「でしょ? みんな『莉奈ちゃんみたいなママになりたい』って言ってくれるの」


 健太君が莉奈の肩を抱き、二人は幸せそうに微笑み合う。  その横で、私は黙々と美羽の口についたカボチャのペーストを拭う。


 この一年で、私は完全に理解させられた。


 この家において、私は人間ではない。


 高機能な家電製品と同じ。  「お母さん」という名前の、メンテナンス不要の奴隷だ。


 夫の博も、今の生活に満足している。  家の中は片付き、孫は可愛く、世間体も保たれている。  彼らにとって、ここは楽園なのだ。私の犠牲の上に成り立つ、完璧なシステム。


「じゃあ、行ってきます。ママ、今日は美羽の検診よろしくね」


「行ってきますお義母さん。夕飯、ハンバーグがいいです」


「あ、私もー! お願いねママー!」


 バタン、とドアが閉まる。


 嵐が去った後の静寂。


 残されたのは、山積みの食器と、洗濯物の山と、私に抱きついてくる美羽だけ。


「……あー、あ……うー」


 美羽が私の服を掴んで、無邪気な笑顔を向けてくる。


 この笑顔だけが、今の私をこの世に繋ぎ止める鎖だった。


 逃げ出したい。  でも、私が逃げたら、この子はどうなる?


 莉奈はオムツの替え方すら知らない。  健太君は泣き声を聞くと露骨に嫌な顔をする。


 私がいないと、美羽は放置され、死んでしまうかもしれない。


 その恐怖が、私の足をすくませる。


「……いい子ね。私が、ついてるからね」


 私は美羽を強く抱きしめた。  そうすることでしか、自分の存在意義を確認できなかった。


 思考は停止し、感情は摩耗し、私はただ「今日一日を生き延びる」ことだけに集中するようになっていた。


 ――まさか。  この地獄のような日々さえも、最初からすべて「仕組まれていた」ことだとは気付かずに。

お読みいただきありがとうございました。


 あまりに惨めな由美の日常。  「逃げられない」という心理的障壁まで計算に入れられた、完成された搾取のシステム。


 しかし、読者の皆様。  本当の恐怖は、ここから始まります。


 なぜあの日、あの時間に「過ち」は起きたのか。  なぜ莉奈はあの日、ワインを持ってきたのか。


 次回、最終話:計画通り。


 すべての謎が解け、この物語の真の「悪魔」が姿を現します。

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