第4話:地獄の家族会議
日曜日の昼下がりだというのに、カーテンを閉め切ったリビングは薄暗かった。
テーブルの上には、冷めきった四人分のお茶と、一枚の紙きれ。
産婦人科で発行された、妊娠証明書だ。
私、夫の博、娘の莉奈、そして健太君。
いつもなら笑顔で食卓を囲む四人が、今日はお通夜のように沈黙している。
「……それで」
口火を切ったのは、博だった。
彼の声は怒りで震えているが、努めて冷静さを保とうとしているのがわかった。
「健太君。君は、覚えがあるんだな?」
名指しされた健太君は、顔面蒼白で小さくなっていた。 視線は定まらず、額には脂汗が滲んでいる。
「あ、あの……その……」
「はっきりしろ! 由美の腹にいるのは、お前の子なのかと聞いているんだ!」
博がテーブルを叩いた音に、全員がビクリと体を揺らした。
健太君は弾かれたように椅子から転げ落ち、ゴリ、と鈍い音を立てて床に額を擦り付けた。
「も、申し訳ありませんッ! あの日……僕、泥酔していて……記憶がなくて……!」
土下座。
その情けない姿を見て、私の中の何かが冷えていくのを感じた。
記憶がない? 私と同じだ。 でも、それは「やっていない」という証明にはならない。
「き、記憶が戻った時に……誰かを抱いた感触があって……でも、隣の部屋で莉奈が寝てたから、てっきり莉奈だと……夢だと……」
健太君の言い訳は、最低だった。
妻と義母を間違えるなんて、どんなに酔っていても許されることではない。 でも、それを責める資格は私にはない。
私もまた、抵抗できずに受け入れてしまった共犯者なのだから。
「最低……」
それまで俯いていた莉奈が、ポツリと呟いた。
「信じてたのに……。ママも、健太も……二人して私を裏切ってたの?」
「ち、違うの莉奈! ママは本当に知らなくて……」
「何が違うのよ! 結果がすべてでしょ!?」
莉奈は顔を覆って泣き崩れた。 その嗚咽が、私の胸を鋭利な刃物のように抉る。
ごめんなさい。ごめんなさい。
私がもっとしっかりしていれば。お酒なんて飲まなければ。 罪悪感で呼吸ができなくなりそうだった。
博が深いため息をつき、頭を抱えた。
「……もういい。事実はわかった。こうなったら離婚だ。健太君、君には慰謝料を請求させてもらう。由美とも離婚だ」
「お義父さん、それだけは! 莉奈とは別れたくありません!」
「ふざけるな! どの口が言うか!」
博の怒号が響く。
当然の帰結だ。家庭は崩壊した。
あとは、私のお腹にある、この忌まわしい命をどうするか。 四十五歳での中絶。母体へのリスクはあるが、産むなんて選択肢はない。
「……病院、予約するわ。手術の日取りが決まったら、また連絡するから」
私が絞り出すようにそう言うと、博も健太君も、重苦しく頷いた。
それが一番「マシ」な解決策だと、誰もが思っていた。
――その時だった。
「ねえ」
涙を拭っていた莉奈が、ふと顔を上げた。
赤くなった目。濡れた頬。 可哀想な被害者そのものの顔で、彼女は信じられないことを口にした。
「赤ちゃんは、どうするの?」
場の空気が止まる。
どうするもこうも、今、堕ろすという話をしたばかりだ。
「莉奈、それは……」
「堕ろすの? 殺しちゃうの?」
「仕方ないだろう。こんな間違いでできた子供、育てられるわけがない」
博が諭すように言うが、莉奈は首を横に振った。
その瞳に、奇妙な光が宿り始めているのを、私は見逃さなかった。
「でも、命だよ? せっかく授かったのに?」
莉奈の視線が、私の平らな腹部に突き刺さる。
そして彼女は、場違いなほど優しく、しかし有無を言わせない声色で言った。
「もったいないよ。……ねえ、いいこと考えちゃった」
背筋が凍るような悪寒がした。
娘が何を言い出すのか、本能的に「聞いてはいけない」と警鐘を鳴らしている。
けれど、もう誰も彼女を止めることはできなかった。
第4話をお読みいただきありがとうございました。
崩壊した家族。土下座する夫。 しかし、泣き崩れていたはずの莉奈が口にしたのは、あまりに不気味な「提案」でした。
命を盾にした、地獄への招待状。 次回、第5話:悪魔の提案。 読者の皆様、ここからが「本番」です。 ぜひ最後までお付き合いください。




